第一章

「・・・ふざけてんのかてめえ!」
クィルラは大声をあげて少年に怒鳴った。少年は驚いてはいながらもきょとんとした表情だった。
「い、いやいや、ふざけてないよ、本当に誰だかわからないんだって!」
「そうか、そうか、そうまでしてアタシに喧嘩売りたいってんだな?」
クィルラは口の端を釣り上げ、目を見開いて少年を見据える。彼女の体ではすでに放電が始まっており、それは今にも少年に向けて飛んでいきそうだった。
「なんでだかはわかんねえけど、てめえはこれでひどく苦しんでた。痛い目みればちったあ物覚えも良くなるだろうよ!」
彼女の体から雷が発せられ一直線に少年に向かう。
「うわ!」
少年はそれを一切無駄のない動きで回避し、そのまま彼女の後ろへと回り込んだ。
「ちょっと待ってってば、ほんとに訳わからないってば!」
慌てて彼女から遠ざかった。クィルラはもはや一切口を開かず次々と雷を少年に向けて撃ち出す、少年はやはり全てを避けるがやがてそれにも限界が訪れた。ついに断崖絶壁である穴の入り口へ追い詰められてしまった。
「ほら動けんなら出てけよ!てめえの顔なんざ二度と見たくねえ!」
「何言ってんだよ、出て行けるわけ無いだろこんな高いところから」
「飛べんだろうがてめえは、変な羽根生やしてな!」
クィルラは少年に近づきぐいぐいと外へ押しやろうとする、彼女の言うとおりこの程度の高さは少年にとってなんの問題もないはずだ。にも関わらず彼は必死で抵抗している。
「無茶言わないでよ!魔法使いじゃあるまいし、俺はただの・・・」
そこで少年が言葉に詰まった。
「ただの・・・あれ?俺、なんだっけ?おかしいなー・・・」
そう言って少年はやや考えこんでから、笑顔でクィルラの方を向いた。
「わかんないや!」
彼の笑顔でクィルラは全身の力が抜けてしまった。
これがさっきまで自分を殺しにきていたアイツか、誰かが入れ替わってるんじゃないのか?と少年から一切目を話していないのにそんなことまで考えてしまう。少なくとも、自分の思う限りアイツはこんな笑い方は絶対にしない、なのに、笑っている。
「お前、誰だよ・・・」
「うーんとね・・・・・・ごめん、名前も分かんないや。ていうか、名前あったっけ」
「本当に、何も覚えてないのか?」
「まあ、名前も分からないぐらいだしねぇ。記憶喪失ってやつかなぁ」
クィルラはついにその場に座り込んでしまった。もはや彼女に怒りの表情は無く、ただただ唖然としていた。

「じゃあ一つずつ聞いていくぞ」
クィルラはとりあえず、彼が覚えていることを何か一つでも聞き出そうとした。
「まず名前・・・は分からないんだったか、アタシのことは分かるか?」
「ごめん、全然」
予想していた答えだった。そもそも知り合いでもなんでもないのだから。
「じゃあ誰か名前が分かる奴は?顔だけでもいい」
「うーん・・・」
少年が首を傾げる。だが彼が名前を挙げたとしても、自分の知る者でなければそれ以上どうしようもないため、クィルラはあまりこの質問に意味は感じられなかった。尤も名前が挙がることはなかったのだが。
その時、クィルラはふと一つのことを思い出した。彼が意識を失う間際に発したカルトスという言葉、あれは誰かの名前ではないだろうか。そうでなくとも、彼にとって何かヒントになるかもしれない。クィルラは早速少年にこの名前について聞いてみた。
「カルトスって聞いて・・・何か分からないか?」
「カルトス?えっと・・・」
やはり望み薄か、とクィルラが溜め息をつきかけた時、少年の口が開いた。
「全く分からない訳じゃない・・・気がする。なんかこう・・・親しみがあるみたいな」
やはり全く無関係ではなかったようだが、何かを思い出すには至らなかった。クィルラが万策尽き今度は本当に溜め息をつくと、今度は彼がクィルラに質問をぶつけた。
「そういえばお姉さんは俺の名前知らないの?」
「知ってたらわざわざ聞くか。」
「あはは、まあそうだよね。でもなんで俺ここで寝てたの?知り合いってわけじゃなさそうだし」
少年にそう聞かれ、クィルラの怒りが少し蘇った。事の顛末を、自分が何をしたのかを、全てコイツに話してみようか。クィルラはそんな衝動に駆られた、あの時起こったことを何もかも思い出させてやりたかった。しかし、それを行動に移すことは無かった。
そんなことをしても彼が余計に混乱するだけだ。そもそもなぜ自分は彼の記憶を取り戻そうとしていたのだろう、まるでメリットがないじゃないか、彼が全てを思い出したら、その瞬間に殺されるかもしれないのに。
「ただ、倒れてるのを見つけただけだ・・・」
「じゃあ助けてくれたんだ、ありがとう!」
クィルラはこれ以上彼の記憶に関わるのをやめた。あの狂人のことだ、きっと目も当てられないようなことが山ほど詰まっているに違い
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