「ホムラです。よろしくおねがいします」
全生徒数が50人にも満たない、廃校寸前とも表現できるこの小学校に転校し、記念すべき一日目が始まった。これから私の同級生となる生徒たちは、みな信じがたい光景を見るような表情で、私に視線を向けている。
この地域はほとんど限界集落であり、産業らしい産業も僅かしか存在しない。仕事の都合その他の理由で出ていく者は大勢いても、新しく外から来る者は皆無に等しいからだ。
そして、彼らの表情の理由はもう一つある。それは、私が魔物であること。
元々魔物が少ない地域である上に、その数少ない魔物とも積極的な交流がない。事実、私もこのように多数の人間たちと会うのは初めてのことだった。
「見ての通り、種族はハーピーです」
それをいいことに、私は一つ嘘をつく。
所謂ハーピー種であることに違いはないが、狭義のハーピーとの共通点は、羽と鉤爪くらいしかない。
私はフェニックス。転生を繰り返し、無限の時を生きる不死の鳥である。
しかし、このクラスの生徒たちは、私の自己紹介に何の疑問も抱かない。魔物との交流が少ない彼らは、魔物の中でも人間との交流に消極的なフェニックスの情報など、知りようがないからだ。故に、私は単なる赤いハーピーで通る。本家のハーピーすらよく知らないので、あのように赤いハーピーが果たしているものか?と疑う者もいない。
そうでなくては困る。私が、実はフェニックスであるとは、知られてはいけない。
「じゃあ、席はヒサトキの隣でいいかな」
「いいよーせんせー!」
ッッシャオラッ!!!・・・と叫びたくなる気持ちを、私は必死で抑えた。危ない、危ない。こんな僥倖は予想していなかった。
ヒサトキくん。彼こそ、私がこの小学校に潜入した目的である。
数か月前、夏も真っ盛りの頃のこと。私は、住んでいる山で彼と出会った。出会ったといっても、面と向かったわけではない。退屈しのぎに空の散歩を楽しんでいるときに、眼下の森を歩きまわるヒサトキくんを見つけただけだ。
あの瞬間を表すならば、まさしく一目惚れという他はない。一瞬たりとも、目を離せなくなった。ヒサトキくんを見つめ、彼の姿を脳裏に焼き付けながら、その頭上を延々と旋回していた。傍からみれば、獲物を見つけ、飛び掛かる瞬間を見極める鷹のようだっただろう。実際、私の理性が焼き切れていれば、私はその鷹のようにヒサトキくんに飛び掛かり、住処に連れ去ってそりゃあもう昼も夜もなくひたすら交わっていたに違いないしなんなら今もそうしたい。
しかし私はそうしなかった。出来なかった。
攫うのは簡単だ。そのまま犯してしまうのも、魔物の力をもってすれば容易に実現できるが、攫う瞬間には、やはりヒサトキくんの恐怖の表情が目に飛び込んでくるのだろう。
それは、耐えられない。彼が私におびえることなどあってはならない。たとえその後に、ひたすら愛し合って、恐怖が欠片も残さず消え去るのだとしても。私は最初から最後まで、一つの例外もなく、彼と純愛を育みたい。
となれば、攫うのはなしだ。正面から交際を申し込むしかない。ところが、ここで一つの問題が発生する。
当時の私は、人間でいえば20過ぎといったところ。対して、ヒサトキくんはやっと10歳になったばかり。子供の感覚からすれば、天と地ほどともいえる年の差であった。私と付き合ってください、恋人になってください、と申し込んだところで、彼は困惑するに違いない。そもそも同じクラスに好きな子とかいやこの考えはやめよう。
ともあれ、この事実が私に大きな絶望をもたらし、その絶望が、焼き切れつつあった理性をすんでの所でつなぎ止めた。
私は情欲を必死で抑えて、住処に帰り、先ほどの絶望を撃滅すべく考え、そして思いついた。思い出したといってもいいかもしれない。
私は、フェニックスじゃないか。子供に戻りたければ、戻れるじゃないか。
そして、私はヒサトキくんが通うこの小学校に、転校生としてやって来た。ただのハーピーの子供だと思われているからこその芸当だ。私がフェニックスであることを隠さなければならない理由は、ここにある。
私の目的は、一つ。ヒサトキくんと仲良くなるのは当然として、ある程度仲良くなった所で、あの夢の台詞をヒサトキくんにぶつけること。大人になったら、お嫁さんにして、というアレだ。
ああ、これを言ったときのヒサトキくんを想像するとたまらない。恥ずかしがるだろうか、それともよく分からないまま、無邪気に、いいよ、と言ってしまうのだろうか。たとえ子供だとしても、魔物と婚約する、その意味も知らずに・・・。まずいまずい。こんなことを考え続けてたら、友達にもならないうちに襲ってしまいそうだ。それでは何の意味もない。
「よろしく、ヒサトキくん」
「うん
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