「旅行に行くことにした」
さて、旅行といってもどこへ行こうか。俺が冬休みということは、少なくともほとんどの学生が同じく冬休みであるということだ。恐らく日本国内どこへ行っても込んでいることだろう。それに俺は寒いのが大の苦手だった、こんな真冬に外をうろつきたくはない。
などと計画が頓挫しようとしているその時、理科で習ったある事実がフラッシュバックした。
「北半球と南半球は季節が逆転してるんだぞ♪」
そうだ、今日本が冬ならば南半球は夏ということじゃないか。それならば冷気耐性の無い俺でも問題なく旅行を楽しめるだろう。俺は早速南半球の避寒地を調べにかかる。そのなかでピッタリの物件を見つけることが出来た。
"折角の冬休み、旅行に行きたいけど寒くて外に出たくない。そんなあなたに南半球のアーモルフィア島、真夏の美しい自然と海があなたを歓迎します!今なら特別価格!さらに童貞の方は特別優待
一度たりとも聞いたことのない島の名前だが、広告を出すくらいなのでそれなりに観光は出来るのだろう。なにより俺の要望に対する最適解のようなこの謳い文句に乗らないわけにはいかない。
なにやら右下に小さな文字列が見えるがこのへんの細かいことは面倒なので読まなくてもいいだろう、とにかくすぐに出発だ。
「ここが、アーモルフィア島か。極寒の日本とは大違いだ」
俺は島の規模にしてはやけに大きい空港を出て空を見上げた。澄み渡る晴天と、その中に点在し陽光を受けて白く輝く雲が真夏であることを教えてくれた。
空を見上げるのも程ほどに俺はホテルへ移動する。荷物を適当に置いたら早速観光開始だ。空港に置いてあったパンフレットによれば、どうやら小型の船にのって島を一周できるらしい。俺はその乗り場に向かった。
「いらっしゃいませ」
俺を含む数人の観光客を出迎えたのは水着を着た凄まじい美人だった。よく見ると、背中からは蝙蝠の羽のような生えている。サキュバスという種族なのだろう。
そのサキュバスに見とれつつ俺は船に乗り込んだ。全員が乗り込むと船は静かに港を離れた。遠目に見るアーモルフィア島はあの謳い文句に反せず自然豊かであり非常に美しく、波に揺られながらその景色を眺める気分はまさに最高であった。
ふと、歌声のようなものがどこから聞こえてきた。穏やかな曲調、今の気分にぴったりと一致する歌だった。初めは耳を澄ましてやっと聞こえる程度だったが、その歌声は次第に大きさを増していく。どうやら歌手は船の進路上にいるらしい。
歌詞がハッキリと聞こえる程度の大きさになると、俺はすぐに歌声の虜になった。先ほどまで見ほれていた島の景色などとうに頭から吹き飛び、歌に意識が縫い付けられた俺は自然と船から身を乗り出す。そのときだった
「もらったああああああああああああああああああ!」
歌声が止み、代わりに澄んだ叫び声が空を貫いた。その声が聞こえた瞬間、俺の身体は宙に浮かび上がった。上を見ると、可愛らしい少女が青い羽を力強く羽ばたかせて俺の身体を運んでいた。
「くっ、セイレーンだったか!」
「あら、私達のこと知ってるの?嬉しいなー」
男を呼ぶ声に真正面から引っかかった俺とは裏腹に、セイレーンはニコニコ顔で島に向かって俺を運んでいる。
だが。こうなってしまってはどうしようもない。船は既に遠く離れており、下も海ではなくなっている。暴れて落っこちては命の保障は無いだろう。俺には彼女の成すがままとなる以外に選択肢は無い。
「どこに向かっている」
「私の家だけどー?ほらあそこ!」
「俺をどうするつもりだ!」
「・・・こんな所でそれを言わせるの〜?いくらなんでも恥ずかしいよー」
ちぐはぐな問答にいささかの疲れと困惑を感じつつ空の旅を続けていると、海辺に立つログハウスのような見えてきた。どうやらあれが彼女の家らしい。
予想の通りセイレーンはその家を目指して下降を始めた。驚いたのは開きっぱなしになっている窓からそのまま飛び込んだことだ。玄関は飾りなんだろうか。
などと考えている内に俺はソファに放り出された。一方の彼女は優雅に降り立ちすぐそばのベッドに腰掛けた。露出の高い服装もあってその格好は妙に挑発的に見える。
「い、一体何を―」
俺が聞き終わる前にまた彼女は歌いだした。船の上で聞いたあの歌声、しかし曲が違う。
違うとはいってもその美しさには微塵の変化もない。そんなものを間近で聞かされているのだ、当然ながらあっという間に魅了された。
もはや質問をする気も起こらない、聞き続けるほどに歌の魅力が高まっていくようだった。
「パルテ・・・」
歌の中で俺は彼女の名を知った。自分の名前を歌詞に込める辺り、恐らくは既存の歌などではなく即興で作ったものなのだろう。
それにもかかわらず、まるで大昔から受け継がれてきた
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