偶像の休日

ガンダルヴァのラーガは数多くの同種の中でも名の知れた存在であった。
ガンダルヴァと呼ばれる魔物は全ての者が楽師としての才能を生まれ持ち、地方の祭りや祝い事などに呼ばれてはその実力を遺憾なく発揮し、人魔問わず数多くを魅了してきた種族である。
その中でもラーガの演奏は群を抜いて素晴らしく、またある特徴を持っていた。
彼女の作品はどちらかといえば、他の仲間がやっているような情熱的で激しい曲調ではなく、癒しや穏やかさを主体としていたのだ。しかし、どの魔物より愛に近いガンダルヴァのその演奏は、直接的に働きかけるよりもむしろ、切なく堪えきれないような愛情を聴衆の心に引き起こした。
一度聞けば二度と忘れることが叶わぬラーガの音色は、行商人の噂によって広められ、それが所以で彼女の人気は故郷だけでは留まらず、噂を聞きつけた世界各地の王族や貴族から召喚されては、例外なく最高の評価を受けていた。

ラーガは今、西洋のとある小国での公演を終えたばかりだった。無論彼女が大取を飾ったのだが、彼女に向けての拍手はただの一つも起らなかった。
演奏を聴いた観客たちは、皆そんなことなどお構い無しにただ愛する者とのひとときを求め、そそくさと立ち去ってしまったのだ。常識的に考えれば失礼極まりないのだが、ラーガはその様子を見るのが拍手よりも嬉しかった。
ラーガは挨拶も適当にすませ、演奏会の会場を後にした。太陽はとうに地平線にその姿を沈めた後であり、空には昼の王の後釜を継ぐように月が煌き、侍女ともいえる星々がその周りを飾っている。
この見飽きることのない情景の中に翼を広げて飛び込むのも決して嫌いではないのだが、ラーガは今日は歩きたい気分だった。たまには内からではなく、下からの眺めも楽しみたかったのだ。
天を仰ぎながら夜道を進んでいくと、彼女の腹の虫が空腹を訴えかけた。その音でふと、ラーガは公演の準備に妨げられて昼から何も食べていないことを思い出した。既に時は夕飯時を過ぎている、虫の悲鳴も無理からぬことであった。
ラーガは夜空を楽しむのも程ほどにして近場の飲食店を探し始めた。繁華街を抜けているせいか生憎それらしきものは見当たらなかったが、幸いにも屋台の明かりが彼女の目に飛び込んだ。こんな場所にあるのも珍しいとも考えつつ、これ幸いと彼女はその椅子に腰を落ち着けた。
屋台には先客がいた。髪は夜よりも深い闇色で、横顔でしか確認できないがその眼も同じ色に染まっている。顔立ちは東洋人のそれで、服装はここの地域では見られない独特のものだった。
仕事柄多くの国を飛び回ったラーガは一目で彼がどこの生まれなのかを見抜くことができた。
「やあ、ジパングの人かい?」
先客の男はラーガの声を聞いて彼女のほうを振り向いた。やや陰鬱な表情をしており、よく見てみるといかにもな優男であった。
「あの国の人が国外に出るなんて珍しいねえ、しかもこんな遠出だなんて」
ラーガは男の返答を待たずにまくし立てた。男の陰鬱な表情に僅かに困惑の色が浮かび上がった。
「いつ頃ここへ着いたんだい?」
「何の質問です。ここはよそ者がうろつくような場所ではないとでも?」
男の言葉にラーガは少し反省した。馴れ馴れしく話しすぎたようだ、しかも彼自身はそこまで話好きでもないらしい。
「いやぁ、そんなつもりじゃないんだがねぇ。そもそも私だってここの者じゃないさ」
男はラーガから手元の杯に視線を移し、やはり陰鬱な声色で独り言のように答える。
「四ヶ月です」
その返答にラーガは少しばかり驚愕した。
「へえ、じゃあこっちに移ってきたのか。少しは暮らしになれた?」
「いいえ、ただの旅行です」
ラーガは今度は飲んでいた酒を噴出しそうになった。
「そりゃあまた随分な大旅行だねぇ。食い扶持はどうしてるんだ?」
「ご心配なく」
男は素っ気無く返した。
「ふーん」
ラーガは男の構うなという意思が汲み取れぬほど愚かではない。しかし、それで納得して放置を決め込むほどあっさりとした性格でもなかった。それに彼女は魔物ガンダルヴァ、それも独身の魔物である。
「なああんた、あとどれくらいここにいるんだ?」
ラーガは質問を切り替えた。あわよくば男を自分の側に置こうとしたのである。
さらなる問いに男は迷惑そうにラーガを睨みつけた。それが精一杯の抵抗であったが、もちろん彼女には見て見ぬフリをされた。
俺のことは放っておけ。そんなことを言える度胸を持ち合わせてはおらず、咄嗟に嘘がつけるほど頭の回る者でもない男は、潔く正直にその問いに答えた。
「・・・特に決めてません」
それを聞いてラーガの目が輝いた。
「じゃあ少しアタシに付き合ってくれないか?」
「は・・・?」
男はまた根掘り葉掘りの質問攻めに遭うのだと思っていた。しかし、ラーガの言葉があまりに予想外すぎて、自然に素っ頓
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