人間、魔物、精霊、妖精・・・あるいは不死者も含まれるかもしれない。それらは全て生命活動に必要な三大欲求を持っている。
その内二つは、比較的簡単に満たされるだろう。腹が減れば何かを捕って食えばいいし、眠気に限っては邪魔することすら難しい。
だが残りの一つに限っては、自分ひとりではどうしようもないことがある。特に人間と魔物は。
この魔物の少女―イーシャもそうだった。
「んっ・・・くぅ・・・ッッッ!!・・・・・っはぁ、はぁ・・・」
洞窟の中でイーシャが絶頂を迎えるのは一体何回目だっただろうか。もはや彼女すら覚えていなかった。覚えていられないほど、経験した。そこまで経験してもなお、満たされない。
「はぁ・・・」
愛液に濡れた自分の羽を見つめて溜め息をつく。空しい、果てしなく空しい。まるで心の中を虚無が支配しているようだった。何をする気にもなれない。そして何もする必要が無い。蓄えは十分にある。この冬を越したとしても余るくらいだ。この洞窟は快適だ。風雨をしのげるどころか夏は涼しく、冬は仄かに暖かい。もっとも人間や他の魔物達が使う魔法とやらに比べれば、雲泥の差といわれてしまうだろうが、その差を埋めるのは彼女には到底無理な話だ。
暫くして、心から虚無が払われていき、代わりに情欲が彼女の支配権を握った。この時期は常にそんな感じだ。
なぜ自分に発情期などとというものがあるのか、彼女は甚だ疑問だった。いくら求めようとそれが叶うはずもないのに。そもそもなぜ求めるのだろう。男という存在がそれほど大事なのだろうか。そうは思えない、あんなもの無くても済むはずだ。あんなもの無くても生きていけるはずだ。事実私は生きている、男など手に入れなくてもこうして一人でいままで生きてきたのに・・・。
何度も同じことを考え、そして何度も同じ答えを出した疑問を、彼女は今日もまた考える。
"分からない"
それが結論だった。結論が出せないことこそが結論といえた。自分の体が熱を帯びる理由はいくら考えても思いつかず、しかしそんなことはお構いなしに彼女は発情する。この矛盾を解決する存在は依然として見つからない。
先ほど、いやこれを生まれて初めて感じてから嫌というほど吐き出したはずの理由無き不快感がまた彼女の体を蝕んでいく。これを払拭する手段は二つだけ。
男を手に入れるか、自分で自分を慰めるか。
「んっ・・・」
彼女は羽を自分の股の間に這わせ、再び虚無を取り戻そうとする。取り戻したところで長続きはせず、また情欲に変わる。そのサイクルを繰り返し、疲れ果てて眠るときが彼女の一日の終わりだった。今日も彼女はこれを繰り返すのだろう。
その時だった
「あっ・・・!」
「!?」
彼女は久しぶりに自分以外の声を聞いた。男の声だった。反射的にその方向を振り向くと、声の主であろう青年がそこに佇んでいた。
青年は軽装だが、右手には剣が握られていた。しかし何より目に付いたのは、青年の服に仰々しく描かれた紋章だった。彼女は物知りではない。しかしその紋章の意味を知らぬ魔物は果たしてこの世にいるだろうか。
正義と言う名のもとに、理不尽に数多の魔物を斬り刻む教団の紋章を。
通りすがりか?いや、やはり自分を退治しに来たのだろうか?
そんなことを考えている余裕は、彼女にはなかった。
「い・・・いやあああああああああ!!!」
青年の姿を見るなり彼女の住む洞窟の中にけたたましく、そして悲痛な悲鳴が反響し、彼女の顔は一瞬にして鮮やかな朱色に染め上げられていく。
「うわあああ!お邪魔しましたァァアアア!!」
青年は弾けたようにに洞窟を飛び出してしまい、後に残ったのは見るに絶えない・・・
「グスッ・・・うう・・・」
自慰の瞬間を見られてしまった哀れな少女の姿であった。
先ほどまで体を蝕んでいた欲などどこへやら。今彼女の心には深い悲しみと羞恥に包まれてしまっていた。
「あ、あの〜」
しばらくして青年が戻ってきた。右手には相変わらず剣を握りしめていたが、なぜか彼女に敵対する様子は微塵も感じられない。
「なんだよ・・・。何の用だ!」
彼女は青年を睨みつける。気の弱い者ならそれだけで震え上がるような怒りの形相・・・のはずだったが、流れた涙と顔の紅潮のせいでそのような恐ろしさは皆無だった。
「な、何の用って・・・。そうだなあ、端的に言うとだな」
青年は剣先をイーシャに突きつけ、口の端を釣り上げながらこう言った。
「貴様を殺しに来た」
洞窟に沈黙が流れ、イーシャの顔から怒りが消えた。そして、哀しげな、かつどこか満足そうな表情がそこに現れる。まるで死期を悟った老人のような顔だった。
「・・・とうとうお前らに住処がばれたってことか」
「その通り。我らが聖域における数々の窃盗事件、これらを我々は同一犯、それも汚らわしい魔物による仕業と判断
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