結婚。
それは愛し合いながらも別の存在だった二人が、これからお互いの人生の半分を分かち合って共に生きていく、いわば恋愛のゴールのようなものだ。だからこそ、まずはお互いを知り続けることが何よりも大切なのだと俺は思う。
かつて別々に育った二人が家族となり、その後の人生を歩む。それは神が人に与えた不思議の一つである。
それは誰の言葉だったか。いつ聞いたのかも覚えていない今、思い出すのは不可能だった。
俺は結婚した。相手は人ではない、俺が生まれてこの方ずっと恐れ、ずっと遠ざけ、そして逃げ続けてきた魔物だ。その魔物は、濡れ羽色の髪と羽、そして力強い鉤爪を持ったなんとも美しい姿をしていた。もっとも、今は羽の方は濡れてなどいないのだが。
「開店の時間だぞ、いい加減その寝ぼけ眼を直せ」
彼女の声で目覚めるのが日課になろうとは、今まで考えもしなかった。早起きの妻のせいで俺の起床時間は実に二時間も早くなってしまったのだ。
彼女の言う通り、薬を扱う身として寝ぼけ眼は禁物。それだけで一つの命を奪いかねないのだから。しかしそれを分かっているなら、もう少し眠らせてくれてもいいものを・・・。
前述の通り、結婚の際には相手をよく知ることが必要不可欠だ。ろくに考えもせずに一緒になってしまっては、後に待つのは悲劇のみ。それは人も魔物も変わりはしない。
しかし、だ。結婚する前に、つまり生活が別である以上それを完全にというのは不可能な話だ。結婚してから知った相手の意外な一面、そういったものはどうしても出てくるものである。
そう、俺も例外ではない。むしろその典型と言えよう。今まで知らなかった彼女の一面がいくつもあった。
「よっ、風邪薬が切れちまってさ。一つ貰えねえかな。用無しに越したことはねえがどうしても不安なんだ」
「ああ、それならここに」
今日最初の客が来た。彼が風邪薬を注文すると、彼女は数十、いや倉庫も含めれば数百に上る薬瓶の中から何の迷いもなく風邪薬を取り出した。
これが「意外な一面」の一つ目だ。すばらしい記憶力。俺が店を開いた当時から数年の間に溜まりに溜まった情報を二、三回教えるだけで彼女は完璧に覚えてしまったのだ。もちろん俺自身が覚えやすいように整理を欠かさないというのもあるが、それでもこの量を短期間で覚えるというのは人間では不可能に違いない。これも魔物(この地では妖怪と呼ばれていたか)の成せる業なのだろう。
「あと、その辺も少し頼むぜ。どういうわけだか今年は家族がバッタバッタと倒れちまってねぇ・・・」
「ふむ、じゃあ合計額はこのくらいだな」
そう言って彼女はすかさず代金を言った、そこそこの量と種類を注文されたのにも関わらずにだ。これが二つ目、いつも俺は念のためにと横で算盤を使って確かめてみるのだが、彼女の計算に間違いがあったことはただの一度もなかった。つまり俺が算盤を叩く作業は例外なく全て無駄になっているということだ。そんなことを考えると苦笑いを隠せない。
パチパチと玉を弾く音が響くと、彼女はやや不満げに「少しは信用してもいいんじゃないか」と頬を膨らませた。俺はそれに「うるさい」と小声で返すしか出来なかった。
「接客は私に任せて、貴方はのんびり栽培でもしててくれと何度も言ってるじゃないか」
「大事な店番をお前さんなんぞに任せっきりになんて出来るか」
「そう言って私のダメ出しをしたことなんてないじゃないか、つまり何の問題も無いんだろう?」
「いや、あのなぁ・・・」
「・・・お熱いねぇ、いやあ新婚さんはこうでなくっちゃ。そんじゃ邪魔しねえうちに退散するぜ、二人とも末永く"お幸せに"。へっへっへ・・・♪」
「・・・あ、ありがとうございました」
そしてこれが三つ目、俺が最も驚かされた一面だった。
客が上機嫌そうに店を出てその扉が閉じた瞬間
バタリ
と彼女が机に突っ伏した。
「お、お熱いって・・・そんなにイチャついてる様に見えたか・・・?///」
そのまま延々と何か呪文のようなものを呟き続けている。
最初はわけが分からなかったが、顔を上げた彼女の顔がいつも烈火のごとく赤いのを見てようやく合点がいった。
彼女は照れ屋なのだ、それも異常なほどに。
「熱いね」だとか「お幸せに」とかいった月並みのセリフにさえこの耐性の無さ、まして少し品の無い者から夜を詮索されようものならその日一日は接客など出来なくなってしまう。
客に対してだけではない、なぜか夫である俺に対してもこの「照れ屋」は遺憾なく発揮されるのだ。
「お前さんなぁ、いい加減それ克服したらどうだ?」
「わ、私も兼ね兼ねそうは思っているのだ・・・が・・・うぅ///」
俺がこの照れ屋を知ったのは結婚式のときだった。いや、正確には結婚式を挙げようと彼女に提案したときだった。
人生において最
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