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 最近、私は少しヘンだと思う。
 いや、今更過ぎるといわれればその通りなんだけど、とにかくヘンだ。
 なにがヘンかと言われれば、挙げれば数が多すぎて自分でも把握しきれないほどなんだけどね。
 まず、第一に耳が前にも増して良くなった。未だに補聴器を着けていなければ聞こえにくい音はあるんだけれど、それでも補聴器なしで聞こえる音が増えたというのは自分でも驚くべき結果だ。まさか音を補うだけでなく、聴力事態を治癒する機能も備わっていたのだというのだろうか。だとすると、ノーベル賞モノ……いや、もっとそれ以上のとんでもない製品だということになる。
 ただの普通の女子高生である私がこんなたいそうなものを持っててよかったのだろうか。

 ……なーんてことを思っていたのもつい先日までのコトなんだよね。今となっては補聴器から時たま聞こえてくるぐじゅぐちゅとしたあの音を聞きたいがために着けているようなものだ。
 アタマの裏側を細い紐状のものでずるずる弄られる快感は脳がとろけてしまうようで、とてもじゃないが抗うことなんてできない。

「んー……これがこうだから、えーっと……」

 第二に、すこし物忘れが激しくなった気がする。
 物忘れと言っていいものなのかどうか微妙なところだけど、とにかく記憶の行き違いが多くなってきたんだ。
 例えば、私の初体験は中学生の頃、学校の体育館庫でタイチと一晩中くんずほぐれつセックスしまくった、というのは鮮明に覚えている。だというのに、タイチ本人は「そんなことしてない」の一点張りで私とタイチの主張がかみ合わないのだ。私はこんなにも覚えているというのに……
 ランコとの会話だってそうだ。私がランコに「ランコっていつも穴開けたコンドーム財布に入れてるんだったっけ。めっちゃ優等生じゃん」って言ったら真顔で「友達辞めるよ?」って言われた次第だ。さすがにそれはちょっと冷たいんじゃないかなぁ、と思ったよ。
 私と相手の記憶がかみ合わない時、大抵そういう時は私がおかしいってことになって終わるんだけど……どうにもやっぱり腑に落ちないのが本音だ。
 だってこんなにもはっきり覚えているのにさ、相手が覚えていない、ってそれじゃあまりにも不平等だよねえ。
 私だけが、素敵な思い出、面白い出来事を覚えているのに、他の皆はそれを覚えていない。それはとても悲しいことだと思う。ソウデショ?
 だから皆が忘れてしまったことを、いつの日か再現して取り戻せるようにできたらいいなぁって計画してるんだけど、それはまた後々だね。

「助詞?助動詞?ええと……あれこの単語ってなんだっけ……」

 そして、第三に。
 タイチのことが気になって気になって仕方がないのだ。
 一体私はいつの間に、こんなにタイチのことが気になっていたのだろうか。
 いじめっ子を成敗してくれた時?チガウ。
 一緒の高校に上がれた時?チガウ。
 倒れた私を保健室まで運んできてくれた時?チガウ。
 全部そうなんだけど全部違う。それはタダのきっかけでしかない。
 彼の吐く息が素肌に当たると、その部分は赤く腫れて疼きだす。彼の声が耳に入るとまるで耳が膣になってしまったかのように振動で愛撫され快感へと直結する。彼の体臭を嗅ぐと鼻から入り込んだ空気は肺胞のひとつひとつに吸収され私の全身へと駆け巡る。
 身悶えするほどに愛おしい。できることならば今すぐにでもひとつになりたい。ドロドロに解けて一緒に混ざり合いたい。
 ……だけど、まだその時じゃないんだ。
 もっと、この音が近づいてきてからじゃないと駄目な気がするんだ。

「なーアイ、この単語ってどういう意味だ?」

 じっくりと、ねっとりと近づいてくる音。とても遅くイライラと待ち遠しいけれど確実に近づいてきている音。
 だから私はじっくりと、ねっとりと待つ。そうして待って耐え抜いたその先に見えるモノはきっと、言葉で言い表わせないほど素晴らしいものなのだろう。
 至高で、極上で、崇高で、天上で。そして最も深いモノなのだろう。
 だから私は待つ。ひたすらに待ち続ける。

「アイ……聞いてるか?」
「ん、あぁ、もちろん。この単語はね……」

 実際のところほとんど話なんて聞いてなくて、自分語りをしていた真っ最中なのは内緒だ。
 私は今、タイチと二人きりで例のケーキ屋に来ている。
 学校祭を3日後に控えたこんな時期になにをしているのかというと……お察しの通り勉強だ。
 メイド喫茶の準備はどうしたとか、委員会の仕事はどうしたとか言われそうだけど安心して。それら全てを終わらせた後にこうやって勉強しているんだからお咎めナシでしょ?
 ちゃ〜んと喫茶のレイアウトも考えてるし、委員長としてクラス費用の確認とクラスの士気上げをやってたんだから何も問題ないはず。

「desire、欲
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