私はさっき、なんて事を考えていたのだろう。
思い返すだけでも身の毛がよだつ。
私がタイチの嫁になり、夫婦円満にすごし、一軒家と我が子を作って幸せに暮らす?そんな……そんなことをどうして思ってしまったのだろう。
そうだ、タイチが他の女の手に渡るのが少し嫌だなって思ったから……ほんの少しそう思ったからそれがオーバーになって勝手に妄想してしまったに違いない。うん、そうそう、そうなんだ。
だから私はいたって正常だし、何もおかしなことはない。いつも通りランコと喋って、いつも通り家に帰って、いつも通り親と喋って、そしていつも通り部屋でごろごろしているだけだ。
そう、全てはいつも通り。
…………とでも自分に言い聞かせないと私は恐怖のあまり錯乱してしまいそうなほどに戦慄していた。
おかしい、明らかにおかしい。私の意志とは無関係に、アリもしないことを勝手にタイチと関連付けて想起してしまうこの脳がおかしい。
タイチと寝ることを何の躊躇もなく妄想し、愛撫され中出しされる光景を鮮明に思い描く私は完全にどうかしてしまったのだろうか。
どうして?なんで?
なにより一番怖いのは、これらの妄想をしている私自身はこの上ない多幸感に包まれているということであり、一切の抵抗を示さないことである。現に今だって、タイチの姿を思い描くだけでパンツに染みが出来てしまう有様だ。
おかしい。
私は一体どうしてしまったのだろうか。
なにも心当たりがないことがより不安を煽り、怯え戸惑うことしか出来ない。
「……もしかして」
そういえばさっき、ケーキ屋で妄想してしまっている最中、変な音が聞こえた。
湿った水の音のような、なにか粘り気のあるものがこすれるような気持ち悪い不快音が鳴り響いていたような気がする。
私は【ドブ=アングル】を耳から取り外してみるが、期待虚しく変化もなくただの豆粒のような機械がそこにあるだけであった。
いや、まだだ。まだ……説明書で読んでいない部分があることを忘れていた。
そうだ、これを貰ったその次の日の晩。翻訳機能を確かめて、そのまま寝てしまったんだった。今度読もうということにしてまだ読んでいないところがあるのをすっかり忘れていた。
もしかしたら、そこに何らかの解決法が書いてあるのかもしれないと思い、僅かな希望と一抹の不安を寄せて私は説明書を開いた。
「ええと、ここは読んだ……ここも読んだ……あっ、ここらへんかな」
私が開いたページには『取り扱いに際し気をつけていただくこと』と大きく書かれていた。
迂闊だった。まさかこんなページを読み忘れていたなんて。
読み進めていく。
『当商品【ドブ=アングル】を使用していただく際に必ず厳守してほしいことがあります。
以下の項目に当てはまるものがあれば即刻使用を中止していただく必要があります。
@堕落神、海神、愛の女神などそれぞれ信仰する神が存在する方
Aすでに目標となるべき種族が決まっている方
B人を愛すことのできない方
以上の項目にひとつでもあてはまるものがあれば使用の中止をお願いいたします。ひとつも当てはまるものがなければ続いて、機器のメンテナンス、および使用時の注意をお読みください』
なに、これ?
神様?種族?まったくもって意味がわからない。
どうしてただの補聴器が人を愛するだの周囲にトラブルが生じるとかいう物騒な注意書きが書かれているのだろうか。
まるで何かを試されているような気がする。
『続いて、使用時のメンテナンスについて記述します。
当商品【ドブ=アングル】には電気機器の充電は必要ありません。その代わり、精エネルギーをもってして稼動する半永久的恒常システムを搭載しておりますので、使用後は精エネルギーの充精をお願いいたします。本体に蓄積される精エネルギーが枯渇してしまうと、使用者の精エネルギーを際限なく吸収してしまうので毎日の充精を忘れないようにしてください』
「精……エネルギー?なにそれ、聞いたことないんだけど……」
そんな単語、今まで生きててどんな場面でも耳にしたことはない。
テレビでも聞いたことないし、教科書にだって書いてた記憶もない。
ここに来て私は少し嫌な予感がしてきた。そもそもどこの会社製なのかもさっぱりわからない謎の機械である時点でうすうす感づいていたのだが、これは結構危ないものなんじゃないだろうか。なにがどう危ないのかは言葉では説明できないのだけれど、なんというかそんな勘がする。
そして私はついにとある文章を目に入れてしまった。
それを見た瞬間、一気に体の血が冷めるような感覚に陥る。
『使用時に一番気をつけていただきたいことは、当商品の一日に装着して良い継続使用時間は原則15時間までということです。
仮に朝
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