「ロズ兄!あそこにでっかいのいるよ!」
「よしきた、俺の手にかかればあんなでっかいもん楽勝ってもんだ!」
「ロズ兄腕っ節だけは強いかんね」
「だけはってなんだコラ。テクニックだってあるわい」
「へへっ、あっ、近づいてきた!今がチャンスチャンス!」
「シッ!…………釣りってのは静かに精神を統一させなきゃダメなんだぞ……」
「ってパパの言ってたことマネしてるだけじゃん」
「ぐぬ……まぁいい。俺だってあれくらいのものは簡単に釣ってやるさ」
「ママー!パパー!見て見て!ロズ兄ったらこんなにおっきい魚!」
「おお、やるじゃないかロズ」
「どんなもんだい」
「あらあら、それじゃあ今日の夕飯は魚の煮物にしようかしらね」
「さばく前に魚拓とりたいよ母さん」
「それじゃ父さんが準備してこようか」
「ぎょったく!ぎょったく!ねぇロズ兄、明日は何して遊ぶー?」
「明日はそうだなぁ…………」
……………………
………………
…………
……
「…………」
気だるい心情を抱きながらロズは自室のベッドの上で目を覚ました。
体は寝汗に包まれており、その質感は不快感極まりない。素肌にしっとりとくっつく寝巻きの気持ち悪さといったら、綺麗好きのロズからしてみると倦厭しないはずがなかった。
露骨に不快な表情を呈し、舌打ちをする。
しかし彼を漂わせる不快感と舌打ちは寝巻きの湿り気だけが原因ではなかった。
「……随分と久しぶりだ」
それは夢。
ロズは夜中の睡眠中に夢を見ていた。
在りし日の、忘れるはずもないあの頃。
すべてが輝き、幸せと希望に満ち溢れる毎日だったあの頃。そのような日々は忘れるはずもない。
逆に言えば忘れたくとも忘れられない日々。
記憶の底に封じ込めようとも、ふとした瞬間に溢れ出てくる鮮明な記憶。
それは悪夢。
水を浴びるように飲み、むかむかした胸を落ち着かせると、ロズはいつもどおり朝食についた。
食パンを水平に切り、その間に目玉焼きとベーコンをバターで一緒に焼いたものをサンドさせ出来上がる簡単なベーコンエッグサンドである。その隣には毎朝欠かさずに飲む牛乳だ。
ここまで見ればごく平凡な朝食であるが、ロズの朝食はこれだけでは終わらず、これを10人前用意して初めて完成する。その巨躯を維持するためには一般人以上のエネルギーを要する為なのだろうが、それにしても多いものである。
そして、量もさることながら、これをものの数分で平らげてしまうロズの恐るべき吸引力もまた平凡という言葉で完結させるにはいささか不十分であろう。
体が大きいからといって必ずしも大食いではない、というのはよく耳にするがロズにいたってはそれを真っ向から否定していると言っても差し控えないものである。
「……しかし、どうしたものか」
朝食を終え、職場に向かうために家を出て、鍵をかけようと家を振り向いた時にそう呟いた。
『免罪斧』。
ドアの横に立てかけてある大斧が視界に入り、否応なしに昨日の光景が思い出される。半ば押し付けられたようなものだが、商品を受け取ったということには変わりなく、ロズはこの巨大な商品の処遇をどうしようか未だ決めあぐねているようだった。
昨夜、帰宅後に家の中に入れようとしたのだが巨大すぎて家に入らなかった大斧。
桁外れの大きさに桁外れの重さであるが、ロズが持つと風のように軽くなる摩訶不思議な斧は家の壁を軋ませ、地面を僅かに沈下させている。
そうしてロズは今一度、斧を持ち上げようと手を指し伸ばす。もしかしてあの軽さは間違いだったのではないか。もしかするとこの斧は元々始めからここにあったものであって自分はなにか悪いものに化かされていたのではないだろうか、と。その疑心を解決するため手を伸ばす。
ガサガサガサガサッ!
「誰だ……」
突如として足元の草むらが音を鳴らすのでふいにそちらの方を振り向く。
彼の足元には思わぬ珍客が訪問していたようだ。
なぁーご
「野良猫か…………痛ッッ!!」
近所の野良猫がたまたま彼の足元の草むらから姿を現した。真っ黒で尻尾が長い、特別珍しいわけでもないただの猫である。
その黄色い瞳と艶のある黒毛は猫好きな者なら誰しもが抱き上げて撫でてしまいたくなるほど愛くるしい。無論ロズはそのような真似はしないが、それでも猫の愛くるしさは万人に共通である。
だがしかし、今に至ってはタイミングが悪い意味でジャストであった。
斧に対して手を指し伸ばしている最中に足元から来訪されたものだから、ついその視線は足元へと移ってしまう。だが、その手は依然として斧へと伸ばされている。
そして一瞬、目を放したその瞬間にロズはハッ、と気が付いたのだが……すでに遅かった。
差し伸べた右手の指、人
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