飽く無き増殖の果て

――数日後――

「皇さま、本日の贄にてございます」

 ヴァルレン、いや元ヴァルレン王国の謁見の間には数名の侍女と執事、それに私と贄が佇んでいた。
  煌びやかな黄金色を放ち王族の証明ともされた玉座は、今や紫色の触手に包まれぬめり蠢く怪椅子へと成り果てかつての面影すら伺うことは出来ない。シャンデリアは禍々しいまでのショッキングピンクを照らし出し、壁一面は赤と黒に塗り潰された壁紙で覆われている。正常な者が見ようものなら一部精神に支障をきたしそうなほど城は変貌しており、それらを何の異常とも思わない私や執事、並びに侍女らは既に異常なのであると証明する証でもある。
 
「メ、メリアさん……貴女その姿は……」

 眼前に横たえる贄に目をやる。
 全身を縄、もとい触手で拘束されもがくことすらも許されない贄は目に涙を溜め必死の願いをしているようであった。これから己の身に降りかかるであろうことを知っているのだろう、彼女らの抵抗具合を見ればそんなことはすぐにわかる。
 だが、私は自分で言うのもあれだが相当いやらしい性格らしい。こうやって必死に抵抗する姿を見させられると、その顔を絶望の色に染め上げることがこの上なく愉悦に感じてしまうのだから、そう思っても仕方のないことだ。
 一切の希望など見せず、絶望の奈落へと突き落としてみたいものだと想起してしまうのだからこれほど酷悪で惨たらしい性格には自分ですら恐れ入ってしまう。

「本日の贄は二名。まずこちら、蒼髪の者は隣国の騎士兵長プリシラ=ザルツドルフ。齢26、名門ザルツドルフ家の長女であり次期当主を期待されている存在とのことです」
「もう一人金髪の者は皇さまもご存知の隣国の王女アンジェリカ様にてございます」

 じゅるり、と触手が期待の音を上げる。
 その音を聞いた侍女らも赤い目を煌々と輝かせ、より強く贄を縛り上げる。
 贄を拘束する侍女らも、私と同じように体から触手を生やし粘液に塗れる同種となっているので彼女らは私の配下であり、同属であり、また家族である。
 俗世を離れ、生命として次のステージへと昇華した言わば新人類であるのだ。人の数倍生命力が強く、切断されても再生する体を持ち、二つあった腕を数十本までに増やすことができた新たなる人類。
 ……まぁ人はそれを魔物娘のローパーというのだがね。私としては新人類という呼び名を提唱したい。個人的に。

「王女、もはや魔に墜ちた者には如何なる言葉も無意味です」
「し、しかし……この目の前の者があのメリアさんですって?信じられ……ません」

「信じるもなにも、まさかこの顔を忘れたとは言わせませんが♪私とは親しい仲ではありませんかアンジェリカ」

 女騎士はキッと私を力強い目で睨みつけ、アンジェリカは未だに眼前に佇む私を私と認められないでいるらしい。想像通り過ぎる光景だ。
 女騎士の気迫は拘束を解こうものなら今すぐにでも首元を跳ねられんとするものである。このようなつわものがごろごろと転がっている隣国の騎士団はやはり素晴らしいものであるなと再認識するのであった。

「アナタたち少し力を抜きなさい。跪け」

「ぐッ!?」
「あぐぅっ……!」

 玉座に座る私が指を差し出しそう命令すると、私の背後に佇む執事を除きその場にいる全員が片膝をつく形を取り地に伏せる。
 すでに床にうつ伏せに拘束されている贄の二人は、さらに床にめり込むように頭を垂れる。女騎士からの甲冑からはメキメキと軋む音が聞こえ、アンジェリカからは苦悶のうめき声が聞こえる。
 見えざる言葉の重圧により贄らは恐怖の表情を描き、また自分は一体何をされているのかという疑問の念で頭が一杯になっていることだろう。既に敵と見なしている相手の言葉に無意識のうちに従ってしまう奇怪さ、それも相手は人外ときたものだ、不思議がるのが当然と言えよう。
 とまぁこうも語っておいてなんなのだが、種を明かしてしまうとなんのことはない。
 ただ単純に重力魔法で謁見の間にかかる重力を増しただけの話である。魔術に知識のある者ならすぐに分かってしまうものだろう。
 だがこれに「跪け」という言葉と王族という身分が合わさると想像を超える効果を発揮することがある。見えざる言葉の重圧は数倍にも増強され、あたかもそれは言葉自身が質量を持ち己の身に圧し掛かっているのではないかと錯覚するほどに、だ。

「ぐ、ぅ……なんだこれは……」
「メリア、さん……どうして……」

 こうして遊んでいるのも面白いのだけれども、すぐに飽きてしまうのが私の悪いところでもある。
 前座はオシマイだ。
 これからが本当のお楽しみの時間である。我が国家を連綿の繁栄へと結び、王族を恒久のものとする儀式を始めようとしよう。
 重力魔法を解除すると侍女らはすかさず動き出し、玉座に座る私を
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