一同は触手の森をただひたすら走り抜ける。帰るべきところへ帰るのにはこの触手の森が最後の正念場である。先頭にソフィアが走り道を切り開き、最後尾にはグレイで追っ手が来ないか見張りながらという配置で出口を探していた。
(・・・やはりあれは右手が痛むな。当分剣は握れないか・・・)
「グレイッ!前方に何か見えるわ!?」
先頭のソフィアが何かを見つけ指を差すその先には、巨木がそびえ立っているようだった。
「ソフィア!そのまま前進で突っ切ってくれ!」
一同が近づくにつれ、その全貌が明らかになる。ソフィアが先に巨木にたどり着くと急にピタリと足を止め、追いついた一同も足を止める。いや、とめざるを得なかった。
そこには、巨木を中心に取り囲むように大きな広場が出来ている。先ほどまで皆を苦しめてきた触手はどこにも見当たらず、またあったような痕跡さえ見当たらない。代わりにあるのは、色彩豊かで地上にも普通にありそうな草花であり、まるでカーペットのように広場一面に広がっていた。
「な・・・こ、ここは・・・一体・・・?」
魔界とは到底考えられないような光景に一同は困惑する。魔界に入ってから今の今まで本当にこのような光景は見たことが無かったので驚くのも無理が無い。
兵士達は自分の頬をつねったり、自分で自分を殴ったりしている者がいるがどうやら夢ではないらしい。グレイも兵士達と同じくやってみるが、普通にいつも通り痛みを感じた。
「来るときはこんな所なかったわよ・・・」
「ナイトメアの仕業ではないらしいな・・・本当にここは魔界の一部か?」
「・・・わたしも信じたくないけど、まだここは魔界みたいだね。ほら、向こうを見て!」
ソフィアが指を差す先には今まで嫌々と見てきた触手が立派に蠢いている・・・が、とても動きが不自然なように見えた。なぜか今グレイたちが居るここの広場を上手く避けるようにして蠢いているのだ。
(・・・?何か結界の類でも張らされているのか?)
グレイは不思議な不安を感じたがさほど気には掛けなかった。
「ねぇねぇ、何か臭わない?いや、良い匂いと言った方がいいかな?」
「ん・・・たしかに何か匂うな。・・・・・・!この匂いは!?」
グレイとソフィアや兵士達にもこれは匂っているらしく一同は自分の鼻を疑った。その匂いは一面に生えている花からしているが、それは明らかに花の香りではないことに気がつく。
「食べ物の匂い・・・?」
朝一番の商店街に出る焼きたてのパンのこんがりとした香り。
肉を焼くときの油が滴るかのようなジューシーな香り。
果物を口いっぱいに頬張ったときのあの水々しさとフルーティーな香り。
デザートのあの甘ったるい香り。
はたまた一仕事終えた休日の午後の紅茶やコーヒーの香り。
それらが一斉に鼻から入り込み脳まで伝わる香りはこの世の元とは思えぬほど良い香りで、一同は腹が満腹になったと空想した。彼らの目は焦点が合ってなく、ただひたすら臭いを嗅いでいるだけであった。
「はい、グレイあ〜ん♪」
「ぁむ・・・んん。やっぱソフィアのりょうりはさいこうにうまいな。じゃあこんどはおれのばんだ!あ〜ん♪」
「あん・・・おいしっ♪」
そんな様変わりした一同を冷ややかな目で見る人影が一つ。
「グレイさん!ミラ!皆!クソッ!どうしたってんだよ・・・」
スノウは一人一人肩を揺さぶり大声で呼びかけるが、彼の耳に返事は返って来ずただよだれをたらし虚ろな目が返ってくるだけである。
相手の虚ろな目に自分の姿が移り込むのを見てスノウはハッと突如思い出す。
(待てよ・・・俺はこんな光景を図鑑で見た記憶がある・・・落ち着け、思い出すんだ・・・)
(・・・!!そうだ!これは『ヴェルゼブキャッチャー』の仕業だ!)
『ヴェルゼブキャッチャー:第二種災害不回避魔生物』
魔界にだけ生息する食人植物の一種である。主な生息地は、触手の森の最深部であるが、その危険性故情報が少なく、今だ分かっていない生態が多い。地上に生息している食虫植物同様、獲物の捕らえ方は変わりなく獲物が好む特有の香りを出し誘い込むというものである。
だが、魔界特有だけあって効果は一際強力でその臭いを嗅いだものには強い幻覚作用が現れ、餌場から逃げることができなくなる。そして頃合いを見て口とも思われる特徴的な葉で獲物を捕らえるのだ。
食事方法は、口で獲物を挟み込むと口の中から特殊な樹液が染み出てくる。樹液には媚薬成分が含まれており、樹液に浸った獲物は肌から成分が浸透して何もしなくてもたちまち絶頂してしまうのだという。そして絶頂に至った獲物から精を吸い取るというのである。
対処方法は簡単で本体である茎に一度強い打撃を与えると幻覚作用が取れる。が、実際
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