ここで物語は冒頭へと戻る。
彼女、伊脳リョウコはどう自分を切り開くのであろうか。
悲惨と絶望に包まれた彼女から湧き出るもの。
それはあまりにも濁りすぎていた。
―――――
薄暗い部屋の片隅に佇む彼女は見るも無残な様子で疲弊しきっており、峭刻としたその容姿は耐え難いものがある。
眼元は赤く脹れ、頬はげっそりと痩せこけており現役女子高生とは到底思えることができない。
瞳孔は縮瞳と散大を繰り返しているようで焦点の合わぬその視線は表現するならばまさに「虚」そのものであった。
虚空を見つめる彼女が見えているものは常人には見えることのない、いや、見えてはならないものが目に映っている。
辛辣、怨嗟、遺恨、憤慨、怨恨、賊心、悪意、毒念、醜悪、惆悵、害意
愛情、依存、執着、肉欲、独占、復讐、友愛、魍魎、色欲、快感、生死
複雑に絡まりあった人間の負の部分である感情をその生気の孕まぬ瞳でひとつずつ紐解き、ゆっくりとゆっくりと受け入れていく。全てを受け入れられたら自分が変われるような、何もかも忘れて生まれ変われるような気がしたからだ。
まず初めに感じたのは髄ヶ崎への友情、そして性別を越えた愛情であった。いつどんなときでも彼女はリョウコの友達でいてくれていた。それがどんなに心強くリョウコの支えになったかは言うまでもない。リョウコにとって髄ヶ崎とは全てなのだ。髄ヶ崎がいるから私がいる、髄ヶ崎が笑うから私も笑える。愛している。
依存して。依存して依存して依存して、彼女なしでは生きていられなくなったリョウコ。命よりも大切な親友に自らの色欲に狂った醜態を晒してしまったことによる罪悪感はもうどのようなことをしても取り去ることは不可能であった。
「あへあはああは、あんなの見られたら……死しし、生きてけないあ゛ぁ゛」
悲しく乾いた笑いが部屋を木霊する。
右手に握り締められた短剣――短剣のような肉塊――は蠕動運動を繰り返しつつ彼女の右腕と同化している。赤と黒に彩られた刃先からはやはり灰色の液体がしみ出ているようだ。
まさに冒涜的という言葉がピタリと当てはまる、悪意の塊のような形状である。短剣そのものに意志があるかのように、彼女の右手を操り宙に浮かせて右往左往しているようであった。
以前よりも更におぞましさを増した短剣は彼女の右腕を覆っている。
「……死にたい欲しい死にたい欲しい、しに欲しい欲しいあっ、あはっ、えへへへうへ、あ゛ーっ」
残りの左手で頭をぐちゃぐちゃに掻き毟る。
これまで隠し続けていたいじめを誰よりも知られたくなかった髄ヶ崎に知られたことにより、リョウコの耐えていたものが全て決壊してしまっていた。髄ヶ崎に知られていないから今まで耐えることができていたのが、一瞬で崩されてしまったことによりもはやリョウコの中には何も残っていなかったのだ。
代わりにあるとすれば、クラスメイト達への憎悪とブルーバタフライによる副作用のみである。
副作用により思考を完全に性欲にしか回せなくなってしまっており、今の彼女は極度の渇望状態にある。あれほど惨たらしく犯されたというのに、今では快感が欲しくて欲しくてたまらないのだ。
いや、与えるのだってかまわない。性に狂い、快感によがり、汗だくに塗れて交わりたいと強く望んでいた。
それが彼女に残された最後の人間らしさというのも悲痛であるが、それしかもう残っていないのだから仕方のないことである。
アハハハハハ
クスクスクス
ウフフフフ
エヘヘヘヘヘ
ほっこりほっこり
ピカリピカリ
レロレロレロレロレロレロ
レロレロレロ
イヒヒヒヒヒ、ヒヒヒヒ
ヒャハハ
ガリガリガリガリガリ
ククククッッ
ウヒャヒャヒャ
がははははははh
アハハハハハハッハハハハハハハッハハハハハハハハハハでももうだめだ
「死のう……」
「死んだら……楽になれる、よね……」
電池が切れたかのように高笑いを止めると腰を下ろし床へと座り込む。
ネチャ
グチャ
視線を右手へと移すと、短剣は未だに拍動しながら彼女の右手で蠢いている。時おりひき肉をすり潰したかのような不快な音が聞こえてくるが、彼女は気にする素振りすらしない。
「パパ、ママ……髄ヶ崎さん……ごめんね。さようなら。もう、耐えられなくなっちゃった」
消え入るような声で呟くと、彼女は異形と化した右手の赤と黒の刃を随分と細くなった左手首に突きつける。その行動に戸惑いなど皆無であった。
何の躊躇いもなくまるで決められた一連の動作のようにスムーズな彼女の動きはある種の畏怖を感じさせる。そしてその行動を引き立てているものとして、短剣から発せられる死の臭いがそうさせている。
腐臭とも似つかわしい死
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