悲惨期

【一人殺したら殺人者で
 十人殺したら重罪人で
 百人殺したらテロリストで
 千人殺したら先導者で
 万人殺したら革命家で
 十万殺したら独裁で
 百万殺したら英雄で
 皆殺しでは神になる

 一人殺そうが何人殺そうが殺人者には変わりない】


「貴女はその短剣『嘆きのタナトス』を手にしてしまった。
 何の躊躇いもなく、まっすぐ手を伸ばしそれを掴んだ。
 ならば私はなにも言うことはありません、どうぞお持ち帰り下さい……
 古い、とても古い時代に作られたその短剣の製法は常軌を逸しております。
 その製法というのは、まず深く愛し合っている恋人一組を用意して女性を人質に取ります。人質を返す条件として、男性にアンデッドハイイロナゲキタケという茸を食さなけらばならないと突きつけ食さなければ人質を殺すとします。当然何の知識もない男性は茸を食べるだけならと、安易に茸を口にするでしょう。
 男性は断末魔を上げ想像も絶する苦痛を帯びたまま絶命するのです。
 残された女性は深く愛し合っているのだからすぐに自分も死んで後を追おうとするのですがそれを許さず、女性に人魚の血を飲ませます。身動きのとれぬよう拘束し、舌を噛み切らぬよう猿轡をさせたら、女性を生きたまま骨をむき出しにさせ短剣の刃を研ぎ刃物としての鋭さをより鋭利にさせるのです。
 その後、茸を食し絶命した男性をそのまま煮込み、そのスープに短剣を1年間漬け続けます。
 あとは単純にその工程を百組繰り返すとこの短剣『嘆きのタナトス』が完成する……というものです。
 単純に考えても最低で百年はかかりますし、人魚の血が大量に必要となります。そして、その異常な製法から今では作成及び所持は禁忌とされておりますので非常に価値のあるものです。
 そのことをよく踏まえた上で、貴女はどう考えどう使用すべきか。はたまた、使用すべきかせざるべきかを判断しなければならないでしょう。
 百組の人間の憤怒、痛み、悲愴、怨恨、絶望、そして毒素を孕んだ血液を吸った短剣『嘆きのタナトス』は貴方をどう導くのでしょうか……
 それでは凶報をお待ちしております。
 代金は後払いで結構ですから……」





※※※





 薄暗い部屋の中、たった一つ人影があった。
 その人物は泣く涙も枯れ果て、苦悩と絶望を生き抜いた今までの自分を褒めているようであった。瞼は赤く脹れ、恐らく寝不足によるものであろう隈が痛々しいほどに目立っている。
 それと同時に、どうしようもない現実と己の不甲斐なさ、人生の理不尽さを責めているようでもあった。
 
「パパ、ママ……髄ヶ崎さん……ごめんね。さようなら」

 消え入るような声で呟くと、彼女は脇に置いてある赤と黒が混ざり合った刃物を手にし、随分と細くなった左手に突きつける。その行動に戸惑いなど皆無であった。
 何の躊躇いもなくまるで決められた一連の動作のようにスムーズな彼女の動きはある種の畏怖を感じさせる。そしてその行動を引き立てているものとして、短剣から発せられる死の臭いがそうさせている。
 実際に臭気として感じるものではないが、その陰鬱な雰囲気というか死を催す短剣の造形とが合わさり、退廃的デストルドーを引き立てている気がしてならない。
 焦点の合わなくなった視線、生気を感じさせない暗く沈んだ瞳、痩せこけた頬。
 廃人一歩手前。今の彼女はまさしくそれだった。

 なぜ彼女がここまでに至ることになったのか。
 それを知るには話をさかのぼる事になる。





―――――





 彼女、伊脳リョウコはごく普通の一般的な女子であった。
 強いて言えば性格はやや消極的で社交的とは言えず、あまり友人の多いタイプの学生ではないが、それでもどこにでもいるようなごく普通の女子高生であった。
 部活動や委員会活動にも所属することもなくバイトもしているわけでもない俗に言う帰宅部の中の帰宅部である。要は彼女は特に特出するものもなければ、非難するところもない凡庸な学生であった。強いて言えば若干他人想いがすぎる節がある程度であろうか。
 そんな彼女でも、自分自身青春を謳歌していると思っていたし特に苦労することもない毎日を過ごしていたから学生生活を満喫しているようである。
 今この時点では。

「リョウコちゃんー飲み物買いに行こー」
「あ、うんいいよー」

 リョウコを呼ぶのは同じ学校のクラスメイトである髄ヶ崎ミキと呼ばれる少女であった。
 友人の少ないリョウコにとって髄ヶ崎は唯一と言っても差し控えのない親友である。リョウコが高校に入学して右も左もわからぬ頃、初めて話しかけてきてくれたのが髄ヶ崎だった。人見知りで新しい友達を作るのに戸惑っていたリョウコにとって髄ヶ崎はかけがえのない存在と言えるであろう。
 それは髄ヶ崎にっても同
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