絶望期

 数日後。
 今日も今日とて彼女は学校へ登校する。あれほどいじめられているのに学校にはいつも通り行くというのも変な話なのだが、一応学生という身分なのだ学業には専念せねばならない。
 といっても成績は中の上といった辺りであり、やはり彼女は凡庸なのだが。
 最近彼女は一人で学校に行くことが多くなった。いや、むしろ一人で行かざるを得なくなったと表現した方が良い。
 髄ヶ崎にいじめられている状況を知られてはならない。
 共に登校してしまうと、今まで守り通してきたこの沈黙を台無しにしてしまう可能性があるからだ。
 下駄箱には毎日のように何らかの悪戯がセットされている。それもご丁寧に惨たらしいほど悪質なものばかりである。
 それをもし髄ヶ崎に見られたらとしたら、彼女と何て思うだろう。画鋲や教科書を撒き散らした酷い有様の下駄箱を目撃してしまったら。
 その先は最早今まで幾度となく考えてきたことだ、今更思い返す必要もないだろう。
 幸いなことに奴らのいじめは髄ヶ崎のいない場所でのみ行なわれており、一度たりとも髄ヶ崎に感づかれた気配はない。
 恐らく奴らも意図的に髄ヶ崎の存在を避けているのだろう。よりリョウコを痛めつけるために、確実にリョウコの心と体を傷つけるためにあえて避けているのだ。
 まことに卑劣ないじめである。

「……今日は、なんだろ」

 校門前に到着した彼女はそう思う。
 画鋲、教科書の紙切れ、灰、虫、死骸、グロテスクな画像……
 今まで様々な細工を仕掛けられた下駄箱。こうも毎日周到にセッティングされていると、よくここまで執拗にいじめることができると逆に感心してしまうものである。
 恐らくリョウコが学校に来る前に何物かが朝早く来て人目につかぬよう細工を施すのであろう。それも精密に確実に、ご丁寧とも言えるほどに。
 リョウコは奴らが仕掛けているところを逆に見てやろうとも思ったことはあった。
 しかし、逆に見たところで何も変わらないし、いじめをしている犯人も知っている今となってはリョウコが早く来ることの意味などないのもまた事実である。

「おはよう伊脳さん。今日も綺麗な靴だねぇ」
「お、おはよ……」

 語りかけてきたのは同じクラスメイトの腥司。
 既に靴も履き替えており、意味もなくリョウコの周囲にいるということはこいつが今日の仕掛け人ということで間違いないだろう。
 遠巻きにジロジロと見つめてくる視線のその下賎さ、まるで体中をくまなく観察されているようだ。虫唾が走る。
 クラスメイトは髄ヶ崎を除いて全員が敵だとわかりきっているリョウコにとって、腥司が何をやっていようとも格別驚くことはない。いつも通り沈黙して無視を貫き通すだけである。
 しかし、今日はなんだかいつもと違うような感じがした。
 何が違う、と聞かれても具体的に答えることはできないほど僅かなものだが、それでも確実に何かが違う。それは断言できる自身があった。
 ドロリとした言いようのない不快な雰囲気が自身を覆いつくしてしまっているような。
 全身を撫で回されるような唾棄すべきぬめぬめした感覚を覚える。
 とにかく、気持ち悪いことこの上なかった。
 急ぎ彼女は下駄箱を開き靴を履き替えようとする――が、そこにあったのはいつもとは違う見慣れないものが。

「……手紙……?」

 今日の彼女の下駄箱には悪戯らしき仕掛けは施されていなかった。
 内心ホッとしたいところであるが、その代わりといっては不思議なことに一切れの手紙らしきものが靴の中に置かれている。
 ピンク色でいかにもどこにでもありそうな手紙のテンプレートともいえるものだ。特に変わったものは見当たらず、ピンクの紙切れだけが下駄箱の中で鎮座している。
 ふと、腥司の方を見ると彼はその細い目で湿った視線をリョウコへと送り続けている。気味が悪い所の話ではなかった。
 見られている、というよりも観察されている。そんな気がすら思える。
 視線の不気味さに耐えつつもリョウコは手紙を手に取る。あて先には『伊脳リョウコさんへ』と綴られているところから確かにリョウコ宛で間違いないようだ。
 可愛げのあるハートのシールを剥がし、恐る恐る封を開けてみる。
 
【〜伊脳リョウコさんへ〜

 放課後クラスの皆から大事なお話しがあるので、学校裏の体育館庫に一人で来てね☆
 先生と髄ヶ崎さんにはナイショにしてないとダメだよ?
 誰かに言ったりしたら大事な大事な髄ヶ崎さんがどうなるかわかってるよね?
 絶対に来てよ!

 クラス一同より】

 振り返ると腥司の姿はもうなかった。
 彼女は恐れるよりも前に憤怒していた。その彼女の表情ときたら修羅羅刹が怒り狂っているとしてもまだそちらの方が生易しいものと思えるほど歪み怒っている。
 己の激情を抑えるがために手紙を
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