それから時刻は流れ――
現在、死刑執行を翌日に控えた夕刻辺り。
明日の午前中にはカティアはすでにこの世の者ではなくなっているのだろう。それはこの地下牢に投獄された時からわかりきっていたことであり、避けることのできぬ運命である。
罪を犯した者には相応の罰を。そこに一切の私情はなく、生あるものは死者へと変り果てる。それが死刑執行の役割でありこの部署が存在する理由である。
たとえそれが自ら犯すつもりでなかった罪であったとしても、だ。起きてしまったことはなかったことにすることはできない。
カティアは実際、「殺人」の罪を犯してはいない。たまたま、偶然、「殺し」をしてしまっただけなのだ。しかしそれは他者の命を奪ったという意味においては同義であり、弁論の余地はない。
偶然によって引き起こしてしまった「殺し」の罪。
懺悔することもできず、己の罪を認め、執行されることの不条理さ、理不尽さといったらなかった。
「こんなことを考えていられるのも残りわずか、か」
一人語りながら独房の隅に座りこむカティア。
翌日に自身の死刑執行を控えているのにもかかわらず、その落ち着きぶりは自分でも驚くくらいだった。
死ぬことに対して恐れていない、と言えば嘘になる。
死んだらどうなる?
死後の世界というのは本当に存在しているのか?
自分は天国に逝くのか、それとも地獄か?
そもそも魂の概念とは何だ?
そんなことすら考え始めるようになってきた。
逃れられぬ死であるならば逆に受け入れるまで。死を直面した者による境地でもあるのだろう。
生きとし生けるものならばいつは必ず平等に訪れるもの、それが「死」。
明日死ぬのか、数十年後老衰して死ぬのかそれは誰にもわからない。しかし、カティアにいたっては紛れもなく明日、必ず死ぬ。それを決定づけたのはカティアの今までの生きざまによるものである。
悲観しても、後悔しても全ては手遅れなのだ。
「来世というものがあるならば、私はどんな人になれるのかな……いや、人にすらなれるかどうか」
自虐気味に自分の今後について思いをはせる。
すでにここから逃げるだの、死刑を免れるだのという思考は彼女から完全に消失してしまっていた。悟ったのだろう、もう無理だと。
もしかすると、カティアの手腕ならばこの地下牢から脱獄することは不可能ではなかったかもしれない。彼女とて名のある義賊だ、こういった場面に遭遇した場合のことも当然想定してり、知識技量は蓄えていたはずである。
しかし彼女はそれを実行できなかった。いや、もっと厳密にいえば実行しなかった。といえば良いだろうか。
「つくづく馬鹿だな、私は」
もちろん警備が厳重に張り巡らされているし、堅牢な鉄格子を突破する手立てがなかったのかもしれない。だがそれよりも彼女は――彼女はそれ以上にここに留まることを無意識のうちに選択してしまっていたのだ。
元より家族、親友、恋人など皆無である孤高の義賊として存在していた自分。ときおり自分と会話する者がいるとすれば、仕事の依頼人であったり仲介人であったり、後は商人との勘定合わせをする時ぐらいだろうか。極限まで独りよがりに生きる自分はまるでこの世に存在していながらもこの世に痕跡を残すことのない影のようなモノであった。
影のように生きる彼女にはたとえ脱獄したとしても戻る場所がなかったのである。普通の女性として生きていくには影である彼女には眩しすぎたのだ。
だからなのだろうか、自分よりもさらに深い影、もはや闇ともいえるものを抱えた者に惹かれるのもまた必然だったのかもしれない。
カティアの影よりも深く、悲しみに溢れた闇を抱えるロズに。
「ぅく……」
ロズのことを考えると首が疼く。
痒いような熱いような、寒いような形容しがたい感覚に襲われることが増えた。
独房の隅にある水たまりを覗いてみると、自分の首にはグリドリーに絞められた青アザとは別に、点線のようなタトゥーが刻まれており首をぐるりと一周囲んでいるのが見える。
グリドリーに絞められた時についたものではなさそうだが、一体いつの間に刻まれていたのか皆目見当もつかなかった。
黒紫色の線はまるで犬の首輪のように模様を描いているかのようにも見てとれる。
「気にはしないとは言いはしたが……冷静になってみると気になるなコレは」
その模様からはうっすらとだが桃色の煙が立ち込めており、ロズのことを考えれば考えるほど量が増えているような気がした。
しかし、"それだけ"であり他に何の異常もきたしていないので、かえってそれが不思議でもあり疑心を軽減させてもいたのも事実だ。
心なしか甘い香りもしており、立ち込める煙と相まってその姿はまさに香炉のようにも見える。
そしてカティ
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