【その花は青く透明でこの世のものとは思えぬほど美しかった。
ある日とある男の手により刈り取られるのを免れた花は、刈り取られるのを防いでくれたその男に恩返しをしたいと強く願った。
願いは叶い、人の姿となった花は男の元を尋ねる。
男は酷く怠け者であった。
仕事もせず毎日を自堕落に生活していた。
花はそれでも男に恩返しをしたいと強く望んでいる。
恩返しできぬまま月日が流れると、男はもはや恩返しのことなど期待しなくなっていた。
花と過ごす時間が何よりも楽しかったからだ。
しかし花は恩返しできぬ自分が情けなく、焦り始めていた。
やがて花は恩返しの方法を思いつくとそれを実行する。
それは自分という美しい花を売って金にしてもらうという恩返しであった。
その代償は二度と人の姿に戻れなくなる代償。
男は酷く悲しんだ。
これでもかというほど泣いた。
もう二度と花と会話することができないと思うと涙が溢れてやまなかった。
花を止められなかった自分を悔やんだ。
あるところにそれは大層働き者の男がいる。
男は大切なものを教えてくれたかけがえのない友人のために、今は大切なものを振りまく仕事をしている。
青い花は見渡す限りに咲き乱れていた。】
「いらっしゃいませ。
このコサージュ『勿忘の誓い』は魔界の園芸士ルドルフ氏が五年に一度だけ作り出す絶世のアクセサリーです。作るたびに追求されるその美しさには目を見張るものがあります。
どのようなブランドの装飾品よりもプレゼントとなりましょう。
渡された者は必ずや貴方と花の虜となりましょう。
値段ですか?
いえいえ、それは貴方に差し上げます。
然るべき時に然るべき物を差し上げてくれるのならば私はそれで満足です。
それでは吉報をお待ちしておりますよ……」
※※※
「いらっしゃいませー。何かお探しですか」
人通りがやむことのないアーケード街の一角にポツンと立ちそびえる寂れた花屋。
そんなもんでも客はそれなりに来るようで赤字経営になっていないのが不思議なくらい寂れた花屋。俺はそんな店でアルバイトをしている。
特に花が好きだとか嫌いだとかそんな理由はない。
ただ、流石に親から贈られてくる学費と生活費だけで生活するのに若干の負い目を感じていたので自分で少しでも賄えないかと思った行動だ。
決してパチンコで大負けしたから生活費が危ういのでバイトをするハメになったとか、そんなチャチな理由ではない。親を思う息子の正当な理由だ。
そこらへんの居酒屋チェーン店で毎日ヘトヘトになりながら最低賃金を貰うよりかは、なぜか自給が高いこのオンボロ花屋でバイトをしていたほうが格段に楽というもの。
にしても、あんまり売れているようにも見えないんで、どうしてこんなに自給がいいんだと一度店長に聞いたことがあったが……
世の中には知らなくていいこともあるんだよって言ってくるもんだから聞くに聞けないよな。
「店長ーコチョウランってどれですかー」
今来た客はコチョウランをご所望なようで、特に花の知識なんてないに等しい俺にとってそんな立派な名前の花なんて見たこともない。
バイトなんだからそれくらい覚えろよってハナシなんだがいかんせん自分は物覚えの悪い男なのだ。
バイトを始めてひと月が経とうとしているが未だに店内の花の配置を覚えられていない。
頭が悪いと言われちゃ反論してみたいが完全に正論なので論破されるのは目に見えているだろう。
まぁそんなこんなで俺は生活費を稼ぐためにバイトをしているただの大学生だ。
今日のバイトも終わり更衣室で一息ついていると。
「マーちゃんお疲れ様〜♪あ、もしかしてもう帰っちゃう?」
「お疲れ様です店長。これから帰ろうと思っていたところですが」
このハゲ坊主でガタイのいいガチムチな中年のオッサンは誰かと言われれば――店長だ。
ピンクの花柄エプロンがはち切れんばかりの筋肉に浮かび上がっている様は異界の歪みとでも表現したらいいだろうか、言葉では表現できないものがある。
明らかに脱獄犯だとか軍隊に所属でもしていない限りつくようのない傷が顔面についているが気にしてはいけない。
というかそれよりも気にしなければならない事はこの筋肉ダルマがオネエであり花屋を経営していることの方である。
普通に考えてミスマッチだ。
それはもう陸軍とかボディビルダーとか重量挙げでもしていたほうがよほど様になるというのに、あろうことかこの人は花屋の店長なのである。
「悪いけどちょ〜っとだけ帰るの待っててくれるかしら」
店長が俺を見つめる。
その視線は野獣の眼光とでも表現できようか。
俺を熱っぽい視線で見つめているような気がした。超寒気がする。
やばいこれついに掘られるんじゃね。
ひ
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