獣牙『シュマリ・シキテヘ』

【彼女は特別な存在であった
生まれながらにしてヒトの言葉を理解し、怪しげな妖術を使役することもできた

人々はそんな彼女を化物だと虐げ誰一人として受け入れてはくれなかったが、
ただ一人だけ彼女を認めてくれる男がいた。

男は彼女の全てであった。
狼のように勇ましくもなく、犬のように従順でもないそんな自分を
認めてくれて彼女はこの上なく嬉しかった。

当然男は村の中でも化物と内通する者として人々から避けられるようになったが
男はまったく気にしていなかった。
人間と獣という種を超えた信頼があったのだ。
男もまた彼女に惹かれていたのである。

だから男が病に倒れた時も村人の誰もが薬も医者も配慮してはくれなかった。
彼女は男のために隣町まで薬を買いに走る。

しかし、彼女が男の元へたどり着く頃には既に男は息を引き取っていた。
誰にも見取られることなく孤独に死んでいた。

彼女は己を絶望した。
人々の冷酷さを絶望した。
己の存在に絶望した。

絶望はやがて憎しみへと変わると、
彼女は己の妖術で人々を次々と呪い殺していった。
そんなことをしても男が戻ってくることはないのはわかっていたが、
それでも彼女は許すことができなかった。

村の全てを滅ぼし荒地にしてしまうと、
彼女は己の牙を引き抜き妖力を全て封じ込めて首飾りにする。
その牙でできた首飾りを地中深く埋め隠し誰にも見つからないようにすると、
彼女は風のように山の中へ消えていった】

「オヤ、それに目をつけるとはお目が高い。
その手にしている首飾り『シュマリ・シキテヘ』はそれはそれは貴重なものです。ええ……
犬神を統べる巫女の呪詛が込められたお守りとも言われていますし、
極寒の地に住まう大妖怪の牙から作られた封印とも伝えられています。
どちらにせよ、非常に強力な妖力を帯びているということには変わりありません。
一度身につければ、実感するでしょう。その恐るべき妖力の力量を。
過去その首飾りを身に着けたものを三人知っていますが、
一人は妖気に負けてしまい廃人となり、
一人は頭がおかしくなり海へ飛び降り、
一人は妖力を従えその有り余る力を存分に堪能しました。
それをどうお使いになられるかはそちらに任せます。
生かすも殺すもアナタ次第、使い方を間違いさえしなければとても良いことが起きるでしょう。
私個人としては大切にしまっておき、機会をうかがうというのが最適かと思われますが、
やはりそれはもうアナタのもの。どう使うかはアナタ次第というものです。
それでは吉報をお待ちしておりますよ。
代金は後払いで結構ですので……」




※※※




 波の音が聞こえる。
 ハマナスが群生する寂しげな冬の海岸沿いを凍てつく寒気が吹き荒ぶ。

 風の音が聞こえる。
 生あるものを全て平等に凍らせ凍結させる極寒の地では、眼前に見えるのは茶色に荒れる荒波と舞い上がる雪のみである。
 
 そんな中で少女は一人海岸の中心で呆然と立ち尽くし、瞳を閉じ音を聞いていた。

 ざあざあと鳴る波の音
 ごうごうと鳴る風と雪の音
 
 少女はその耳でしかと聞き取り、うなずき、返事をし、語りかける。
 誰かいるわけでもなく、誰に語りかけるわけでもなく少女は姿形の見えぬ何者かと確かに会話をしていた。
 時に楽しみ、時に悲しみ、時に怒り、時に願い。
 少女は姿の見えぬ幻影と取り留めのない会話を続けていた。

 しかしある時、少女の顔が急に神妙な顔つきとなりはっと目を見開く。
 すると何を思ったか少女は高波が荒れる極寒の海を見晴らし、ためらうこともせず海へと走り寄って入った。
 
 ばしゃばしゃと波が音を立てる。
 
 足先からすねの中腹辺りまでが海水に浸る形となり冷たさで感覚がなくなる。
 あまりの冷たさに引き返そうかとも思う少女であったが、頭を振り雑念も振り払うと一心不乱に何かを探し続ける。

 海の声を頼りに少女は何かを探し続ける。
 
 やがて少女は捜し求めているものを見つける。
 それは海岸に打ち上げられる形で海水に半分浸かっており、とても冷たくなっていた。
 それを目撃した少女は一瞬うろたえたが、2、3度深呼吸すると意を決する。
 少女の小柄な体ではそれを持ち帰るのは非常に困難かと思われたが、それでも少女は冷える体で冷たくなったそれを背負うと一目散に山の方向へと走り戻っていった。


―――――


「………ん……む…」

 男は温かい布団の中でその重たい瞼を僅かに開き始めた。
 まだ意識が鮮明としない。
 聞こえるのは耳元で焚き木がパチパチと燃えている音と外から聞こえてくる吹雪の音のみであり、音から想像するに外は前も見えぬほどの猛吹雪であろうと男は想像する。
 そして、しばらくして自分が何者であったかを思い出す。
 幸い記
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