独房と看守室との間の長い通路。
三人は対峙していた。正確に言えば、二人と一人が対峙している、と言った方が良いだろう。
「で?こりゃ一体どーいうことなんだ?ちゃんと説明してくれよオイ」
二人の眼前に立ちはだかるその姿は紛れもなくもう一人の執行人。
ミック・ハインリヒ。
ロズの同僚にして上司であり、地下牢全域の責任者。その男だった。
彼は腕を組み、煙草の吸い殻を踏み、二人の征く手を阻むかのように仁王立ちしている。普段ロズが目にする飄々とした雰囲気は皆無であり、ビリビリと気圧されるような威圧が彼から発せられていた。
身長はロズよりも低く、筋力も到底及ばない。しかしそれでも彼の気迫は二人を飲み込むには十分すぎるほど強力であり、陰湿である。
「ミック……なぜここにいる。お前は今日式典に出席していたはずだ」
「あーそうさ。ンだけどなんつーか勘みたいなモンが働いてよ。こっそり途中で退席させてもらった」
「なんだと……」
「お前、カティアちゃんに対して前から様子がおかしかったからよ。トチ狂って執行しないんじゃないねーか怪しかったからこうして戻ってきたってワケ」
そう言うとミックは腕を組みながら足を動かし、二人の方へとゆっくりと近づき始めた。
今のミックの目はいつものお調子者の目ではなく、仕事の時の冷淡な執行人の目をしている。
「カティア、下がってろ」
ロズはそう言い、自らの拳を構え臨戦態勢に入る。人の骨を容易く粉砕する力だ、たとえそれがミックだとしても例外ではない。
カティアに危害を加えようものなら鋼鉄すら窪ませる鉄拳で殴打する。ロズはその気だった。
「おいおいそんなに殺気立つなよ。俺ァお前と殺る気はさんざねぇ、っつーかこっちから願い下げだ。俺がお前に勝てるわけないだろ?」
「それはお得意の嘘か?」
「あぁそうだ嘘だ。多分な」
両手を上に広げヘラヘラとしながら近づくミック。
しかしロズは拳の構えを解くことはなく、依然としてミックを睨み続けている。ロズは知っているのだ。この男がいかに油断のできぬ男だということを。
真意が掴めぬ紙のような男であり、そして紛れもなくクズなのだ。
「俺はただ質問をしに来ただけだ。お前はそれに答えるだけでいい」
「答えられるものなんだろうな」
「そりゃそうさ、そうでなきゃ質問の意味がない。おおっと嘘はつくなよ?俺に嘘が通用しないことはお前が一番知ってるはずだ」
「嘘が得意なヤツがよく言えたもんだ」
会話の内容とは裏腹に、二人の間にはとてつもない圧が発せられているのをカティアはその後ろから見つめていた。
そして彼女は思っていた。これはただの執行官が発せられる気配でない、卓越された訓練の元で繰り広げられる軍人のモノに近い気配だと。
元義賊風情の私が介入できる余地などありはしない、と。
「まー、その、なんだ、面倒クセェから単刀直入に聞くわ」
頭をぼりぼりとかきばつの悪い表情をしながら口を開くミック。
その次の瞬間、彼の纏う気配は完全に変わったたことを察したロズとカティアは思わず背筋を硬直させた。
「どうしてカティアちゃんが生きてるんだ?どうして二人揃って看守室に向かってるんだ?ちゃんと、俺が、納得するように、説明してくれや。しろ」
いつものちゃらけた様子の彼ではなかった。その目は犯罪者を相手にする時と全く同じものであり、ロズが今まで仕事中目にしてきながら自分に対しては一度も向けられることのなかった目だ。
その目が今、自分とカティアに向けられている。その状況が何を意味するかは語るに及ばず、というところであろう。
ミックの問いかけに対しロズは数秒思考を巡らせる。回答の質によってこの同僚は何をしでかすか予想がつかないからだ。長年共に仕事をしてきた仲であってさえも、彼の真意を読み取るのは至難の業であった。
そうして数秒、ロズの中では体感時間では数分と経過しているだろうが経過し、臆せず答える。
「俺はあの斧で……免罪斧で刑を執行した。そうしたらこうなっていただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふーん、ヘェー、ほー、そうかそうかそりゃまた……」
「なめるなよ阿保が」
――視えなかった。
ロズは一瞬たりとも彼の姿から目を離していたわけではない。それでも視えなかった。
両手のひらをこちらに向け上げていたその片手にはいつの間にか拳銃らしきものが握られていたのだ。
拳銃。最近になって開発された、剣や魔法の時代を終わらせるだとか噂の兵器。それが今、ミックの手に握られている。鉄の塊を超高速で射出し相手を打ち抜く、弓やボウガンよりも手軽で殺傷力の高いといわれる代物をロズは初めて目の当たりにした。
動作は見えず、物音すら感じ
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