この世には勝ち組と負け組というものがある。勝ち組というのは王族や貴族に産まれたりそれらに関り合いのある者、または有力な商家の養子に迎えられたりなど世間体、将来性に輝かしい未来がある者である。そして負け組とはそうでない者、望まずして産まれた者や絶望的なまでに金銭が乏しい家庭、階級で言うところの最下層に位置する者たち。この格差が善であるか悪であるかを問うならば三日三晩語りつくしたところで結論は出ないだろう。この格差は人間によって構築され、人間とともに発展してきた言わば軌跡なのである。
私が今向かおうとしている地もまた、人間の軌跡が色濃く残り、姿かたちを変えながら時代と共に発展してきた場所である……らしい。地底の彼女曰く、相当歴史の古い都市であり、ここら地方一帯の中では一番大きな都市なのだという。
あれから私は10日ほど彼女の元で体を癒していた。実のところ、体中いたるところの部位が複雑骨折しており、身動きすらままならなかったのだが猪の栄養と彼女の糸による矯正、そして毎日注入される魔力(毒でもある)によりほぼ完治してしまったのである。複雑骨折が僅か10日で完治してしまうとは……まるで彼女にとっては人間の医学など赤子のままごとの如く幼稚なものなのだろうか。魔物の医療というのは実に興味深くあるものだ、いずれ時間があれば調べてみようと思う。
(しかしこの道で合っているのか……?)
彼女の巣を出発し丸3日が経過しようとしていた。あの怪我からほぼ休むことなく歩き続けていられるのは人ならざる治療のおかげなのだろう。むしろ3日歩き続けているのにほぼ疲れることなく歩けていることが自分の身体ながら気味が悪いと思うほどである。
古く寂れた石壁の隙間から苔がむしている。じめじめとした地下水路、足首ほどまで浸かる水をかき分けながら私はひとり突き進む。
「ニンゲンがこんなところで一人!!珍しい!!イタダキマスしてもいいか」
「もし……差し控えなければ精液を少しいただければ……あわよくば妻として」
「んっん〜イイニオイしてる貴方、アタシとどっちが香しいか勝負しない?」
道中すれ違うスライムやワーバットがいつ襲いかかってくるか気が気でなかったが奇跡的にも私は難を逃れている。何故かはわからないが彼女らは私を狙いこそすれど、襲いかかろうとはしてこなかった。
(……ここまでくればあともう少し、だったか)
彼女から教えてもらったことを思い出つつ私は足を進める。
◇
「よもやお前自ら危険を冒すとは思わなんだ。お前のような人間は危険からいち早く遠ざかる気質かと思っていたが」
「私自身もそう思う。しかしここで立ち止まっていては限り少ない時間を浪費させるだけだ」
私は記憶の手がかりを少しでも多く集めるため地上へ戻ろうと準備をしていた。手記の復元を待ち続けていたら私の記憶が戻るのはいつになるかまるで分らないからだ。明日突然思い出すかもしれないし、数十年先、あるいは死ぬまで思い出せないかもしれない。それではだめだ、遅すぎる。私の成すべき偉業を待っている人がいるかもしれないと思うとこのまま首を長くして待ち続けているのはあまりに愚かである。故に私は危険を冒してでも地上へ戻る選択を取った。
「私は既に追われている身。それは常に念頭に入れて活動を行う」
「できるのか? 丸腰、人脈も無し、しかも土地勘のない見知らぬ地だ。使命感を無謀で塗り潰されるな」
「無謀か……確かにお前にとっては無謀極まりないのだろう。だが、私はそれでも知らなければならない。一刻も早く記憶を取り戻し、偉業を完遂しなければならないのだ。わかってくれ」
失笑を織り交ぜながらため息をつく彼女。人間とは異なる感性を持った彼女には私の信念は理解できないのだろう。人間と魔物とは本来そういうものなのだ。
「ただの人間ごときであるお前に我輩からしてやれることは何もない……とは言わん。何せお前はもう我輩の下僕だ。血肉を分け精を塗り込み交わし合った、我輩の血液とお前の右腕が契約の証としてそれを物語っている」
「……というと?」
「我輩自ら特別に、汚物で石ころで虫けらのようなお前に選別をくれてやろうということだ。特別にな!!」
「そこ強調するところなのか……」
「おお、下僕の為に身を挺する我輩はまさに主人の鑑」
さも大げさな身振り手振りでアピールする彼女。身体こそ小ぶり、華奢であるが、背中の巨鉤爪をぶんぶんと振り回すその姿はさながら回転鋸のようだ。無意識のうちに削り掘られる岩盤を尻目に私は苦笑いをする。
「ではまずは服だ。襤褸雑巾じみたその服ではあまりにもみすぼらしい、我輩の下僕として恥である。我輩の魔力と繊維を織り込んだ特別製の衣服だ、着て行け。然るべき時、然るべき法でお前を守るだろう」
「あ、ありがたい」
想
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