(寒い寒い、もうすっかり真冬か)
雪道を歩いているアルベルトは身を縮こませ震えながら雪景色を眺めている。いつものように巡回検診を終え帰路についているところだ。
例年では冬だろうと年中構わず遊びまわっている子供の姿を見たものだがここ最近は外で遊んでいる子供の数も減ったようにみえる。単に今年の冷え込みが厳しいというわけではないようだ。
(……ロジーさんが教室を開いてから、か)
子供に学問を教えるという点はアルベルトも大賛成であり、場合によっては自分も何か教鞭を執ることができないかと考えていたほどだ。やはり人間が必要最低限生きる上では教養は欠かせないものであるし、子供たちの将来のためを思えば知識を分け与えてあげるというのは大人の義務であると彼は思っていた。
皆が皆教室にこもりきり勉学に勤しんでいるのは大変喜ばしいことである。だが、外で遊ぶ子供の数が減るというのはそれはそれで寂しいものである……とは思いつつもそれは単なる大人のエゴであると切り捨て子供の勉学を密かに応援するアルベルトなのであった。
(…………ん?)
ふと、雪道を歩いているアルベルトは奇妙な光景を目の当たりにする。何の変哲もないただの民家。正確に言えばその民家が所有しているであろう畑だ。
こんな真冬で雪が降り積もっているというのに、その畑だけは土が顔を出しており現在進行形で村人が耕していたのだから。
「ちょっといいですか」
「お、アルベルト先生じゃないですかい。何か用でも?」
「いえ、真冬なのに畑を耕してどうかしたのかと思いましてね」
民家の男とその妻であろう二人は冬だというのに薄手の衣服一枚だけを身に着け、汗だくになりながら鍬を振り下ろしていた。完全に季節外れの行為、外見である。
ナサリ村では秋までに収穫した作物を長期保存し、冬の間はそれで乗り切るというのが例年の常識であったはずなのだがどうしたことか彼らは今まさに作物を育てる準備をしているようである。
「そういや説明がまだでしたね。へへっ、ロジー様が冬でも育つ植物の種を授けてくださいましてさぁ」
「ホント、ロジー様には頭が上がらないわぁ。うちの娘もお世話になってるみたいだし」
「冬でも育つ種……?」
「アルベルト先生も気になりますかい?たくさん貰ったから少し分けてやりますよ」
男はそう言い麻袋に一握りの種を詰め込んでアルベルトへと手渡した。
受け取った種を彼はまじまじと観察する。
「…………????」
「どうしましたかね先生」
「いえ、ロジーさんはこれを何の種と仰っていましたか?」
「いやそれが『成長してからのお楽しみです。きっとこの村の名産品の一つになるでしょう』って渡されただけでさぁ。俺らもてんでさっぱりなんだ。アルベルト先生はこの種が何の作物かご存じで?」
「どこかで見たことが……あったようななかったような……ううん気のせいだろうか」
黒く、硬く、シワのある胡桃のような種はこれといった特徴的な形をしているわけでもなくひときわ地味な見た目をしていた。
記憶のどこかに引っ掛かりを覚えるも明確に思い出すことができないということは大した種ではないのだろう。そう思うことにしてアルベルトは麻袋を鞄にしまい込む。
「冬の間何もできない俺ら農民にロジー様はやることを授けてくれたんだ、感謝しねぇとな」
「ホントさね!うちの娘のマナも毎日教室でお世話になってるみたいだし今度焼き菓子でも差し入れようかしら」
「ロジーさんはああ見えて甘いものが大好きです。さぞ喜ぶと思いますよ」
「あら!それじゃ早速作って明日マナに持たせようかね!!」
「おおっ、そいつはいいじゃねえか」
アルベルトは軽く会釈するとその場を後にした。
辺りを見回してみると、確かに他の民家でも畑を耕している姿がちらほら見え、真冬らしくない作業が至る所で見かけることができる。雪原の真横で泥だらけになるという違和感しかない光景に妙な雰囲気を覚えつつ、彼は再び足を進めるのであった。
◇
例年通りならば今時期は冬の風邪に罹った患者の対応に追われていたはずなのだが、今年は妙なことに患者が少なく比較的平穏な冬を迎えていた。
時折常備薬の買い付けに来る老人の相手をしつつ、試薬の整理などをしながら今日もいつも通り過ごしていた頃。
「こんにちはアルベルトさん。今日は……暇そうですね」
「おやロジーさん、どこか調子でも?」
「いえ。今日は学校お休みでしたのでちょっと診療所に顔でも出そうかなと思いまして」
「それはかまいませんが……よりによってこんな場所にですか?」
コクリと首を縦に振り誰もいなくなった待合室に腰掛けるロジー。アルベルトもまた書類を整理し診察室へ向かうとロジーの向かいに座る。
「最近姿を見ないと思ってま
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