晴れた空。白い雲。心地よい風。
山は赤茶色に紅葉し、人々は収穫の時期を迎え作物の実りをもたらす自然に感謝する。子供たちは田園で遊びまわり、主婦らは路地で他愛も無い世間話をし、若い大人らは日々の仕事に明け暮れる。限りなくのどかで平凡、このナサリ村はそういった印象を受ける平和な村である。
代り映えのない毎日、毎年。だがそれでも村人らはこのナサリ村を愛し、住んでいる。反魔物領ではあるものの熱狂的な信者はおらず、教団から派遣される警備兵が数名駐屯しているだけだ。守りが薄すぎると思われるが、ナサリ村の近辺に凶悪な魔物の出現例はほぼ皆無でありせいぜいスライム、ごくまれにゴブリンやワーウルフがちょっかいを出しに来る程度である。適当な作物を適当な量分け与えれば満足して去っていくのでむしろ警備兵すら不要な現状ではあるが念には念を入れて、というのが教団本部の方針らしい。
「よお、今年の収穫はどうだ?」
「まー例年通りって感じかね。そっちはどうよ」
「猪のヤロウが食い漁りやがってめちゃくちゃだ。来年は対策しねぇとなあ」
「お前んトコの地域、獣害が酷かったらしいな。どれ、売り物にならねぇ芋分けてやっから元気出せよ」
「おお、助かるわ」
「ねえ聞いた?今都会ではネイル?アート?っていうのが流行ってるらしいわよ」
「なぁにそれ、聞いたことないわ」
「爪を化粧するんだってさ。都会の女性は爪の綺麗さで美を磨くんだと」
「ふ〜ん……でもアタシら、爪なんて化粧したってすぐ農作業で泥まみれになるしねぇ」
「そうそう。うちも試してみようかと思ったけど無意味だと思ってやめたわ」
「それにアタシら、爪を磨くよりも腹の肉絞った方がもっとマシになるわよ」
「「アッハハ!!」」
「な〜じっちゃん、さっきからずっと釣り糸垂らしてるけど全然釣れてねーじゃん」
「坊主が隣で喚いてりゃ魚も逃げるわい。ほれどっか行った行った」
「しゃーねーだろー、友達が風邪ひいちまって遊び相手いねーんだし。じっちゃん暇そーだから俺の遊び相手になってくれると思ったんだけどなー」
「……なら釣りでもしてみるかね」
「うーん…………ま、いっか!暇つぶしにはなるかな」
「坊主が静かにしてりゃ晩飯は焼き魚になるぞ」
「魚より肉がくいてーなー」
村人らは今日も変わらぬ日々を送っている。とりとめのない毎日、それが何よりも尊くかけがえのないものだと知っているからだ。きっと明日も、明後日も、来年も、再来年もそうした日々を送っていくのだろう。ナサリ村はそうして今まで存続しており、そしてこれからもそうであり続ける。
◇
「うーん、ちょっと喉の奥が腫れてますね。薬出しておきますので1週間ほど様子見ましょうか」
椅子に座った子どもの向かいに座り、子どもの口の中を一望した青年はそう言いながら卓上の紙にすらすらと文字を書いてゆく。文字の読み書きが不十分な子どもとその保護者は神妙な顔つきで青年を眺め、不安を募らせているようだ。
「う、うちの子は大丈夫なんでしょうか……?」
「恐らくはただの風邪でしょう。喉の奥にばい菌が入ってしまった可能性が高いですね。今から出すお薬を毎日1錠、就寝前に飲めば1週間後には収まっているはずです」
「ありがとうございます!先生がいて助かりました……」
「いえいえ、これが仕事ですので」
彼は1週間分の錠剤を保護者に渡し、子どもと保護者を見送った。
ここは村唯一の医療機関である診療所。村医者である彼、アルベルトは教団から派遣された正規の医者であり、この村の医療は実質彼一人で補っているといっても差し控えない。それでも彼は医療に携わる者として人々の苦痛を和らげることこそが自分の仕事だと割り切っており、多忙な生活ながら充実して過ごしていた。生活費と給料は教団本部からそれなりの金額を支給されており、生活にはそれほど困っていないようだが、やはり多忙ゆえに彼の身体は常に疲労しているのは言うまでもないだろう。
(ふう……今日はこれくらいにしてくれると助かるんだけど、どうだか)
一人しかいないためなかなか診療所を離れることができない彼は自らの凝り固まった肩をトントンと叩き大きなため息をひとつ。せめて助手が一人でもいればだいぶ和らぐのだが……と考えたこともあったが、教団も人材不足らしく、ましてこの辺境の村に貴重な人材を二人も派遣するほど余力がないのは彼も重々承知していた。
誰一人としていなくなった待合室を確認した彼は椅子から立ち上がると大きい伸びをする。身に着けていた医療道具を指定の位置に戻し、ポケットを財布にしまい込むと晴れた秋空へのそのそと外出するのであった。
「先生こんにちはー!」
「やあこんにちは。怪我の調子はどうだい?」
「もうぜ
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