奇跡の罪

……ヴゥーーーンン…………

 初めからわかりきっていたことだった。
 彼女がここに収容されたときからこの結末は決められていたものだったのだ。
 たとえいくら悪意のない罪人であったとしても、たとえいくら悪事を働くような者には見えなくとも、彼女は処刑されなければならなかった。それが法であり、刑であり、裁きなのだから。
 全てが決められた道筋の通りに事が進み、彼女は今、処刑された。


 死んだのだ。


「……」

 善悪の区別なく、己が仕事をなしたまでである。彼はそうやって自らの内に言い聞かせていた。そうでもしなければ哀惜の念に堪えられなくなりそうだったから。
 依然として斧は輝きを保ち、薄暗い死刑執行室を仄暗かに照らしている。
 彼はそんなことになど気が付く素振りもなく独り立ち尽くしていた。
 彼女……彼女だったものを見下ろしながら、荒い呼吸を整えている。

「……死刑囚カティアの執行を、終了する」

 自らの行いを正当化するかのように、誰にも聞かれることのない呟きを反響させるロズ。ルーチンワークと化した呟きはいつも通りでありながらも、どこかもの悲しさを孕んでおり、まるで彼の今の心情を体現しているかのようであった。
 これでよかったんだ。
 やるべきことをやったまで。
 それでも彼は煮え切らなかった。体中の血管がイバラの様になってしまったのではないかと思うほど痛く苦しかった。

「…………」

 ロズは何も間違ったことをしていない。
 自らの業務をいつも通り、何の支障もなく遂行したまでである。
 それは二つに分断された彼女の姿が証明していた。何も語りかけてくることはない、絶対的な証拠。彼女の亡骸はロズの目の前で横たえている。

……ヴゥーーーンン…………

 その彼女は死んでなお、美しかった。
 絹のような肌は生前の艶を保ちながら、しかし確実に冷たくなりつつある。長い髪の毛は枝毛こそ多いが、丁寧に整えれば上質なかつらになるのではないかと見まごうほどだ。もしこの場にグリドリーいたのなら狂喜乱舞していたところだろう。
 薄着の囚人服の上からでもわかる肢体は胸部こそ慎ましくあるが、引き締まった肉体は極上の剥製となり得そうなものである。

「……クソが……」

 彼はただ、平穏に時が過ぎ去ってくれればそれでよかったのだ。
 全てに決着をつけたらきっとこの胸の苦しさは解消されるだろう、そう信じ切っていたロズ。しかし、今こうしてそれ以上の重苦に苛まれているのが苦痛でしかなかった。
 何一つ解決なんてしやしなかったのだ。痛くて、辛くて、苦しくて、心が張り裂けそうな多重苦である。あらゆる痛みを経験し、精通していた彼でさえとてもじゃないが耐えられそうになかった。
 まるで妹をこの手で処刑したあの日のような……いや、あの日よりも……

「…………」

 免罪斧を背後の壁に立て掛けた後、ロズは振り返り彼女の頭部をまじまじと見つめていた。
 彼女の顔は死ぬ瞬間のときのまま停止しており、その表情がかえってロズの心を痛めつけるのだ。
 満ち足りて、何一つ後悔がないと言わんばかりの笑顔を照らし、ロズの方を向いている。まるで生きているかのように生気の宿った笑顔だ。今にも動き出してしまいそうなほどの満面さだった。
 瞳は閉じられているが、涙のような水滴が付着しており頬を伝って床へと垂れている。

「……これでよかったんだ。俺もお前も、そうだろう。なぁ……おい」



「執行人命令だぞ。何か返事を言え」



「言ってくれ」



「お前は何度執行人命令を背けば気が済むんだ……聞いてんのかカティア」



「一度注されたことを何度も間違えるヤツは馬鹿ってんだ。お前は馬鹿になりたいのか……」



「いい加減に…………」



「………………」




 ロズの問いかけは虚空に消えて、石畳へと吸い込まれてゆくだけだった。
 静寂と哀愁の織りなすこの空間に存在する人間はただ一人ロズだけだ。先ほどまで二人存在していた人間は今、人間としての機能を停止させただの肉片へとなり果てた。
 一人と一個。紛れもない事実だけが重くロズに伸し掛かる。

「……死人に話しかけるとは、俺もとうとう気がふれたか」

 半ば自虐気味に失笑するロズ。
 彼の瞳は光を失い泥の様に濁りきっていた。もともとがそういう瞳をしてはいたのだが、以前にも増して生気を失い漆黒に染まりつつあった。地下牢の薄暗さよりも暗く、瞳孔が開いているのかも閉じているのかもわからないほどに。

……ヴゥーーーンン…………












 それから数分間、ロズは椅子に座りながらピクリとも動くことなくカティアの遺体を見つめていた。
 何を考えるわけでもなく、特に意図があるわけでもなく、ただただその視線をカティアに向け
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