星の邂逅

 ―足の感覚がない。
 ―頭もうまく働かない。
 ―それでも私は走るのをやめてはならない。

 辺り一面見たこともないような深緑と極彩色の植物が茂る密林。私はいつの間にか自分自身も知らない場所にまで到達してしまっていたらしい。だがそんなことはどうでもよかった。
 一心不乱にあてもなく走り続けていた。靴はとうの昔に脱げ、生爪が剥がれ落ちそうになっていながらも私は走る。走っているのか歩いているのかわからぬほど体は限界にきている。しかし私は走る。走る。走り続ける。
 ―逃げるために。
 時折背後に目をやると、私を捉えようと血眼になっている追手の姿が確認できる。剣を掲げ声を荒げ、私の名を叫びながら迫ってくる。奴らに捕まったらもうおしまいだ。
 耐え難き尋問、拷問にかけられ挙句の果てに殺されるのだろう。あるいは今すぐこの場で処刑されてしまうかもしれない。一切の尊重もなく慈悲も哀れみもなく、誤って踏んづけてしまった虫けらのように始末されるのだろう。前者にせよ後者にせよ奴らに捕まれば私の人生は終わりを告げることになる。
 それだけは絶対に嫌だ。
 こんなところで……こんなつまらない理由で死んでなるものか。私の一生を終わらせていいものか。私にはまだやらなければならないことがたくさん残されているのだ。後世の人々のために、平穏で争いのない世界の実現のために私はまだ……畜生!!
 (死にたくない……死にたくない!!)
 しかし私の不屈なる信念とは裏腹に、その肉体はもはや限界を通り越しており、腿の筋肉は痙攣し膝の腱は擦り切れそうになっていた。こうして走れているのが奇跡であるほどに。
 いつの間にか汗もかかなくなっており軽い脱水状態に陥っている。視界もぼやけてきている。かろうじて働いている聴覚は、こちらに近寄ってくる追手の足音を鮮明に捉え、その音が徐々に近づいてきているのを私の脳に告げていた。
 一歩、一歩。着実ににじり寄るその足音はさながら私の命を刈り取らんとする死神かのように思える。
(に……にげ……なけれ、ば……)
 だが奇跡というものはそう長続きするようなものではない。
 脚をあげ損ねた私のつま先に木の根が掛かり、体のバランスを崩してしまったのだ。
 私はそのまま勢いよく倒れ込む。追手の足音が近づいてくる。武器の擦れる金属音と罵声、怒号飛び交う声が頭に突き刺さってくる。
 もう、おしまいなのか―
 私の人生はここまでなのか―

 そう最期に悟ったところで私の視界は暗転し意識は途絶えた。ここが私の覚えている最後の記憶だった。


    ◇


 熱い。いや、寒い……?
 そのどちらでもない。生ぬるいような不快な感触が体全体にまとわりついている。
 おぼろげであった私の意識はその感触のせいで確かなものとなり目を覚ました。
 「ん……うう……」
 一体どれほどの間意識を失っていたのだろうか。まどろむ瞳を遮二無二開き、激痛に鞭打つ身体をどうにか動かし私は上半身を起き上がらせる。
 ここはいったいどこなのだろうか。
 目をこすり、視界を一望しても辺りに見えるものは何もなかった。否、何もなかったのではなく何も視えなかったのだ。目を開けていようと閉じていようとその視界に映るのは完全なる闇そのものしかなかったのだから。自らの手を眼前に翳してみてもその指の数を数えることすらかなわない。もしかすると視力が正常に働いていないのかもしれない。だがそれを確かめる術もない。
 完全な闇。まるで私は宇宙に放り出された星屑のようだった。
 風の流れる音も聞こえない。水のせせらぎも聞こえない。小鳥のさえずりも聞こえない。
 ただ唯一聞こえるのは自らの拍動のみ。未知なる領域にその身をさらし、緊張と不安に駆られる私の心臓の音だけが聞こえていた。
 無風。無音、無光。ここで私はあるひとつの仮説を導き出す。
 (ここはいわゆるあの世というものなのでは……?)
 そうだ、私は追われていた。命を狙われていたのだった。
 私は決死の逃亡の甲斐なく捕縛され処刑されてしまったのではないか。処刑されこの世を去り、そうしてなにもない無という名のあの世へ逝ってしまったと考えるのが一番合理的かつ納得のいく答えが導き出せるというものである。
 (そうか。私は死んだのか)
 悔しくない、と言えば嘘になる。
 私にはまだやるべきことが残されていた。その実現がもうすぐというところで道半ばにして命尽きる。これ以上の無念があってなるものか。
 しかしなんというかこういう結末になってしまうとは……人生というものは実にあっけないものだ。来世はもう人間はこりごりだ。虫となって大自然の一部と化し何も考えずに転生したいものである。まぁ大義を成し遂げられなかった私程度の者が自らの希望の存在に転生できるわけがないのだが。
(し
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