中編

悪癖。
ハタから見ると、無作法だったり見苦しかったりする癖……というところでしょうか。
たとえば、おいしいものを前にした時や、それを口にした後の舌舐めずりとか。
あったかそうなかわいい仔犬を見かけたら、迷惑省みず抱きしめて頬擦りしたくなるとか。
男の子のニオイがしたら深呼吸してスカートの中に…ゴメンなさい、忘れて。
(そのせいで出遅れちゃったわけですし…あなたと出会えたから結果オーライですけど)
ともかく、私にとって、それらの衝動を制御するのは極めて難しいものと言わざるを
えないのです……おお、堕落神よ、この煩悩にまみれたいやしいうっかり者にお赦しを!
……と、いうわけで! キスの後の舌舐めずりも、
ちょっと癖のある金髪が生え揃った頭を胸元に押しつけてじたばたさせたくなるのも、
おまけに脱がしたての修道衣に顔をうずめたくなるのも仕方がないこと。

……ですよね?

「ノーコメントで」

かいつまんで言えば、上記のような内容になる私の力説(ひらきなおり)を、
呆れをにじませたテノールで切って捨てたのは、ベッドに腰掛けた小柄な男の子でした。
修道衣の下からあらわれた白いシャツに暗い紺のスラックスは、質素かつ清楚なもの。
それらに包まれた華奢な体格は、いかにも奥手そうな雰囲気を醸し出していて、
不安さをかすかに残す視線が、私と目が合うたびに頬を染めるのが……あぁ…♪

かわいがりたい! いじくりまわしたい!! 甘えられたい! おねだりされたい!!
……じゃなくて。
のしかかりたい! メチャクチャにしたい!! むしろされたい!! して!!!!
……でもなくて。 えーと……。

しいて難点をあげるなら、どこかおじさんじみた、お疲れ気味な渋い表情でしょうか。
もったいないことに、ぱっちりした大きな目を
「変態の自覚があるなら、せめて治す努力をしましょうよ」
とでも言いたそうにすがめているのがいただけないと言いますか……でも、まあ。
灰色の瞳が、時々私の顔より下を向いているのは黙っていてあげましょう。
魔物としての本能でしょうか、この子(えもの)にそういう目で見られるのは誇らしいし、
指摘した時のびっくりした顔も、バツの悪そうな顔も見ていて飽きないけど、
もう何年もおあずけされてるような気分ですし……色々な意味でね…。
ともあれ、畳んであげた修道衣の襟元に鼻先を押しつけて、再度の深呼吸。
鼻腔を満たす残り香にうっとりしていると、かわいい唇がへの字を崩してため息をひとつ。
……また黙らせちゃおうかしら、マウストゥマウスで。
口寂しさも喉の渇きも癒せますし、あのぷるんとした唇はいくら吸っても飽きませんし。
ただ、空っぽのみぞおちと下腹部のうずきは、余計に酷くなっちゃいそうですけど。

「私は仔犬と同じ扱いですか……それはそれとして、変質者みたいですよ?」

むー……同属嫌悪ですか? 声音がキツいです、前言撤回。 
噛みつかないでくださいな、ヘンタイさん同士仲良くしましょうよ。

「あら、その変質者のぱんつや胸元見てボッキ♪してた子は誰でしたっけ?」

もう、唇尖らせるのはいいですけどその眉間のシワはダメですよ? キスはおあずけですね。
意地悪そうに笑って見せると、短い呻きの後に謝罪の言葉が返ってきました。
素直でよろしい。 そして、自分のお行儀の悪さは謝っておかないと。
あと、仔犬と同じ扱いじゃありませんよ? 私に獣姦の趣味はないんですから……じゃなくて。

「まあ、この話はこれくらいにして。
 私ってサキュバスですから、異性とのふれあいがそのままごはんなんですよ。
 だからこう、脱ぎたての服なんて食前酒みたいに感じちゃいまして……。
 育ちが賤しいから、ついつい意地汚くなっちゃうんです、ごめんなさいね」

お菓子の包み紙は舐めるもの。 ケーキで一番おいしいのはそこについたクリームですし。
ええ、おおやけの場でそれをしちゃうとどっぴかれるのは分かってるんですけどね。
所詮、食い意地の張った田舎娘ですから、わたくし。

「育ち?」
「私、もと人間なんです。 十四歳の時、義姉(あね)に魔物にされちゃったんですよね。
 ダークエンジェルっていう、黒い翼と青い肌の……もと天使のサキュバスに」
「そんな……」

初めにあったのは、悼むような、ほんの少し憐れみの混じったような絶句。
次に浮かんできたのは主神の御使(みつか)いのなれの果てに対する忌避感かな?
とりあえず、前者への誤解は解いておかないと。
そんな表情(かお)をされる謂われはないですし……何より見てて楽しくないです。

「……エンジェルが、堕落してしまったんですか?」
「義姉のお母様はそんなケースだそうです。
 勇者だったお父様と恋仲になったら、いつの間に
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