「ぬぁーにが『鬼は外、福は内』だ、ばかやろォ……親の仇のように、豆をぶつけてきやがって……」
そう吐き捨てられた言葉と共に、再び煽られる大徳利。
それの底面が古びた我が家の畳に叩きつけられ、ちゃぶ台の上で小皿が驚いたように跳ねた。
中身の小魚が零れなかったのは仰幸か。
それにつけても、私のような貧乏薬師のもとに、このような若く見目の良い女性(にょしょう)が訪れるのは……イヤ、ごくたまにあったか。
ことごとく、膨らみ始めた腹を抱えた妖怪女房だったが。
そういえば、私の対面でくだを巻いて小魚をかじる女もまた妖怪であった。
白い髪と青い肌……と表せば、老婆か病人のように思われてしまうかもしれんが、
十五夜の月を思わせる銀髪も、澄んだ秋の晴天のようなすべらかな肌も、若い活力に溢れた健やかなものである。
それらの容姿に加えて、額の両端から天を突いて伸びた二本の角が、彼女をアオオニと呼ばれる物怪と容易に知らしめていた。
……それはさておき、この娘の鼻の上に張り付いた、二つの氷のような物はなんなのだろう。
「……メガネだよ、これ越しにものを見ると、近眼(ちかめ)でもはっきりと見えるんだ」
独り言が五月蝿い、それより自分の愚痴を聞けと言わんばかりに、彼女は鼻面を私のそれに突き合わせた。
やや吊り上がった切れ長の眼の中に、蝮か昼の猫のような縦裂きの瞳がギラついている。
淡い黄金(こがね)色の瞳は、やはり月の肌のようであり、私のそれを釘付けにしてしまうのも仕方がないくらい美しいものであった。
たとえそのまなざしが、今にして思えば、餓えた獣(けだもの)が餌食を見るものだったとしても。
ふと気づけば、私は、ひっくり返って天井を仰いでいた。
くたびれた骨組みから視線をそらしてみれば、ちゃぶ台が狭い居間の隅に追いやられていたのを見て、やや落ち着いた心持ちになった。
徳利が横倒しになったり、ぐい飲みが中身ごと転がったりしていなかったからだろう。
貧乏ゆえ、食べられるものは無駄にしたくない。
「どこを見ている、こっちを見ろ」
外の風と比べても遜色ない冷たさで、私の腰に跨がったアオオニが唸る。
その言に従って金の瞳を見返すと、
赤みがかった金に黒い縞の入った毛皮越しに、丸く肉のつまった尻がもぞもぞと身じろぎするのが分かった。
正直、困る。
毛皮を胸と腰に巻いただけの、器量よしの若い娘が、私の腰に跨がっている、というのは。
近頃は寒過ぎて、皮つるみとはご縁がなかったのだ、夜鷹を買う銭もなし。
……たとえ干支が二回りしても、右手以外など、知らん。
「……おい、どうした!? 頭でもぶつけたか!?」
「いや、違う。 色気も味気ない半生だったと思うと、な」
目頭の熱さに耐えかね、そっぽを向いた――手は女のそれに抑え込まれてて動かせない――私の頬を、何やらぬるま湯が伝った。
と、左手の戒めが解かれたかと思うと、私の頬をひんやりしたやわらかいものが撫でる。
ぬるい雫を拭い去ってくれたそれが、私の胸を軽く二度叩くと、そのままするりとあわせ
をくぐって薄い胸板をさすってきた。
「なあ、お前もひとりか?」
「ああ、ひとりだ」
「おなごを抱いたことは?」
「悲しいかな、無い」
「そうか、なら」
ほのかに――アオオニ相手にこう言っていいものかはわからないが――赤みが差していた頬がむにぃと歪んで、軽く吊った口の端から白い牙が顔を出す。
「私がお前を食ってやる」
その言葉が言い切られるが早いか、私の口にあたたかくほの甘いものが触れていた。
ほんの少し、焦げた魚の生臭さも混じっていたのは、割り込んできた熱いぬめりに免じて黙っていようと思った。
「くふふ」
鼻を鳴らしながら口を吸っていたアオオニが、離れた途端に笑みを浮かべる。
整った造作だがキツめだと思っていた目つきが、細い弧を描くと即座に優しさを醸し出したのを見て、
先程から早鐘を撃っていた私の胸が、まるで兎のように弾んだ。
「お前も鬼だったのか? 角が生えてきているぞ」
「……尻で擦るのは止めてくれ、この歳で褌を汚したくない」
仕方ないなとうそぶきながら、女は私の着流しを掻き分け、下帯に鼻面を押し付ける。
青臭いと言うな、頼むから。
「じゃあ、イカみたいなニオイがして旨そうだな♪」
「それもやめ…あっ…」
あむ♪などといたずらめいた声音を漏らして、牙が白い膨らみを軽く咥えた。
ほっそりした指先が私の内股をなぞり、ついに細い結び目をほどきにかかる。
やがて、薄い唇に挟まれ引き剥がされた布の裏地には、透けたねばっこい糸がしつこく尾を引いていた。
「おお、たまらんなァ、このニオイ」
舌なめずりをしつつ、女は我が息子を値踏みしくさる。
すぼけ魔羅が、情けなく赤い鈴口を覗かせていた。
「可愛らしいな、食
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