5.サリィの宿屋

人気の無い廊下の先。扉の前には男女の二人組。
男がタグの付いた真鍮製の細い鍵を鍵穴に差し込むと、カチリと音を立てて蝶番が軋みながらゆっくりと扉が開く。
客室に入り、扉を閉めると二重の意味で肩の荷が下りた感触が身体中を駆け巡る。

「はぁ、やっと落ち着ける……」
「いや〜結構疲れましたねぇ、お疲れ様でした!すいません、わざわざ私の箱も持ってもらって……」
「次からはもっと軽い箱に住むといいと思うよ。」

宝箱を部屋の適当な場所へ置くと、ゴトリという重い音が響く。よくここまで持ってこられたなと感心しながら、ソリードはほぼ倒れこむようにベッドに横になる。予定外の長旅になってしまい、相当疲れが溜まっていたのだろう。
セトネの声が遠くから聞こえる気がするが、体の力が徐々に失われていく。とても反応を返せる状態ではない。
そのままソリードは意識を闇に溶かし込んでいった。

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「ソリードさーん、ソリードさんってば!!」
「ちょっと、無理させすぎちゃいましたかね……」

彼の身体を揺さぶるが、全く反応は返ってこない。どうやら力尽きてしまったようだ。
流石にここまで頑張って自分を連れてきてくれた彼を無理やり起こすのは忍びない。セトネはそっと彼の身体に布団を掛ける。

「お休みなさい、ソリードさん。ゆっくり休んでくださいね。」
「……さて、どうしましょうかね。ソリードさんが寝てる以上、あまり遠くには行けませんし……」

何せここは親魔物領、自分が目を離せばそこには無防備な食べ頃盛りの人間の男が一人残されることになってしまう。あまりにも危険すぎる。

「……もう一度、入れるか試してみましょうか。」

そう言うと、彼女は苦労の末に運んできた宝箱に手をかける。頭の中で手慣れたイメージを思い描き、口の端から微かに呪文のようなものを口ずさむ。
そして宝箱を開けると……何も変化はなかった。

「やっぱりダメですか……どうにかして魔力を補給しないと、戻れなさそうですね……」

どうやらもう暫くこの生活は続きそうだ。ソリードには悪いが、付き合ってもらうことにしよう。
宝箱を閉めて腰掛け、何気なくたわわな胸からトランプを取り出してシャッフルする。落ち着かないときや手を動かしていたいときによくやる癖のようなものだ。
そして一番上をめくる。これも暇な時についやってしまう占いのようなものだ。何となくソリードのことを考えながらカードを引くと、一番上に現れたカードはセトネの予想通りのカードだった。

「ハートのジャックですか……まあ、好きになっちゃいましたから、運命ですかねぇ……」

そうボヤきながら適当にトランプで手を動かしていると、部屋に備え付けられた電話からチリンチリンとベルが鳴り響く。
ソリードを起こさないように慌てて受話器をあげると、どうやら宿屋の主人、サリィからのようだ。か細い糸のような声が受話器から聞こえる。

「あ、あのっ、突然すいません、サリィです……お夕飯の支度、整いましたから……食堂の方へ、どうぞ……」
「はーい、わざわざ連絡までしてくれてありがとうございます!今連れが爆睡しちゃってるので、起こしたら行きますね!」
「えっ、あぁっ、お眠りの所に電話なんてしてしまってすいませんごめんなさい……!!」

ソリードが寝ていることを伝えた途端、猛烈な勢いで謝るサリィ。
実際どこかに頭を打ち付けたらしく、受話器越しにゴツンという音と痛みに呻く彼女の声が聞こえる。

「大丈夫ですからそんな謝らないでくださいよ〜、なんか悪い事してる気になっちゃうじゃないですか!ほらもっと元気出して!」
「ひゃ、ひゃいっ!すいません!」

つい励ましてしまった。性格的に放って置けないのだ。
電話を切ると、セトネはベッドで倒れこむように熟睡しているソリードへと近寄っていく。

「ソリードさーん、夕食の用意出来たらしいですよ〜、起きないと私が全部食べちゃいますよ〜?」
「ふっふっふ、どうしても起きない気なら私、ちょっとイタズラしちゃいますよぉ〜?いいんですか〜?このままだとソリードさん、私にいただかれちゃいますよ〜?」

「んん……それはやめて……困る……」

とても眠たげに唸るような声を出しながら、ゆっくりとソリードが身体を起こす。大きく伸びをし、目を擦りながらゆっくりと起き上がるが、未だ疲れはあまり抜けていないようだ。

「……おはよ、セトネさん。何時間くらい寝てたの、僕。」
「んー、1時間ちょっとですかねぇ。本当はもっと寝かせてあげたかったんですけど、サリィさんから夕食の用意が出来てるって連絡があったので……」
「なるほどね、ありがとう。腹も減ってたし丁度いいよ……ふわぁ……」

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