「どうか僕が無事に死ねますように」

 何もいいことが無い。だから自殺する。
 僕の代わりはいくらでもいるし、利く。その程度の存在であるから、死んでも何も困らないだろう。
 だからとは言え、人に死ぬ姿を見られるのはまずい。自殺を止められるかもしれないし、何より、人に迷惑をかけるのだけは避けたかった。

 という訳で、念入りに準備をすることにした。まず死ぬ場所のアタリを付けておく。人が来ない場所なら良い。
 幸い候補があった。放棄された山。昔こそ人がいたが、今は誰もいない。
 そこなら、そこであれば、無事に死ねる事ができるのではないか。

 休みを利用して行ってみた。下見がてら、あわよくば死ぬこともできるような装備をして行く。
 案の定、山に近づけば近づくに連れ人の気配はどんどん消えていく。
 そして山奥に足を踏み入れる。上に登るにつれてどんどん悪くなる足場は、ここに人が来ない事を如実に表している。
 ここなら、ここであれば誰にも邪魔されないだろう。

 取り敢えず深く、深くへと登っていく。適当な木に紐でも引っ掛ければよいのだろうが、できるだけ奥まで登った方が、人に見つかるリスクは小さいと言えるだろう。

「あれ…?」

 そこにあったのは神社だ。勿論人の気配は無い。しかし、それにしては朽ち果ててない。
 放棄されている割には、整備されている。もしかしたら今でも管理している人がいるのかもしれない。

「弱ったなあ…」

 人がいないという前提が崩れてしまうならば、もしかしたら僕はこの辺りでは死ねないかもしれない。更に山の奥深く、山頂付近で死ぬ必要も出てくるかもしれない。
 どうせ死ぬのだから多少の手間は関係ないようにも思うが、面倒くさい事は変わりなかった。もしかしたら、登っている間に心変わりして死ぬのを止めて、あの下らなくて、つまらなくて、惨めな生活を過ごし続けなければならないと思うと怖くなった。
 ようやく死のうと思い立って、場所も見つかりかけてるのに、今までみたいに失敗してしまうとなるのは避けたい。
 絶対にしくじってはいけない。一発で死ぬためには、人がいないこと、なるべく手間がかからない事、この2つが何より重要だと考えているだけに、この神社に人がいるか否かは重要である。
 人がいたらまた計画を変えねば。それを確認するためだけに、僕は神社へと足を踏み入れる。

 普通の神社…といったのが第一印象だ。昔僕が元旦に連れられて行った神社みたいに、こじんまりとしていて、静かな場所だった。
 冷たく、優しい風が吹いていて、ここに神が住んでいるかのような気配を感じてしまうくらいに。
 思わず立ち止まり、ただ雰囲気を感じ取っていた。空間は無音となり、静かに僕を迎え入れるようだった。

「いけないいけない」

 自分がここに来た目的を忘れてはいけないと思い直し、本殿に近づく。
 砂利が敷き詰められている地面には草の一本も生えておらず、何より、人がいない、死んだ気配はなかった。
 賽銭箱もどこにでもあるような、ある意味まともな外見をしていて、手入れもされている。全く人がいないとは思えなかった。

 まあ、人が未だにここに来ている事は事実でも、日頃常にここに暮らしているとは限らない。
 社務所に行けば、今ここに人がいるかどうかは解るはずだ。
 望みはまだあると、社務所らしき建物に行こうとした瞬間、

「こんにちは」

 若い女性の声。鈴を転がしたような、澄んだ声。
 思わず振り返る。そこには、巫女姿の女性が立っていた

「あまりこの神社に来られる方は少ないので、お声がけをしようかと…」

 そう話す女性は、長くて黒い髪をしていて、貞淑な雰囲気を醸し出している。胸も大きくて、美人である。
 きっと年頃の男であるならば、すぐさま目に止まり、凝視し、惚れてもおかしくない程に。

「あはは…一人で気分転換しようと思って登山してたのですけれど、まさかここに神社があるとは思いませんでしたよ」

 そう僕が返すと、納得したような顔をして更に色々話す彼女。しかし、それよりも大切なのは、この時間帯の山に人がいたという事実である。
 本格的に計画を変更しないといけない。今日中に山頂まで行き暗くなるのを待って、そこから逝ってしまおうか。今日逝かないにしても、死に場所のアタリを付けれるかどうかの確認だけはしておかなければならない。

「もし宜しければ、この神社についてお話させて下さい。何せ人が来なくて私も暇でして」

 そんな事を考えていたら、誘いを受けてしまった。断ってもいいのだけれど、怪しまれる危険性がある。「人の来ない神社に怪しい男がいた」とでも警察に言われてしまえば、此方の計画も怪しくなる。むしろ彼女は僕を訝しんでいるのではないか。それなら尚更怪しまれてはいけない。あくまで、自然なように振る舞わな
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