キューピッドが愛を運んで来た

 僕は誰にも話しかけられなかった。誰かに話しかけようとも思っていなかった。

 僕は何の面白みもない人間であるからだ。人と話をしていてもいかにボロを出さないかばかりを考えていて、実際にボロを出して落ち込んでしまうと言う事ばかりが続いていた。その内誰も僕に話しかけてこなくなった。ちなみに家族とも会話は最低限である。
 口を開けない日々が続いた事で僕は危機感を覚えた。正確に言うとそれ以外でも理由はあったのだが、最低限の会話だけは出来るようにしておこうと積極的な生徒を演じる事にした。積極的に質問し、回答を求められれば手を上げる。様々な雑学を知っていた事もあり、僕は周囲から寡黙な優等生として一目置かれる身となった。日常会話も、求められれば何とか出来るようにもなった。

 僕にとっての学校生活は苦行である。しかし、これからも最低限の演技をしていかねばならない。そうすれば周りから価値のある人間として存在できるからだ。嫁を持たず、友人を持たずとも、充実した一生が送れるからだ。

 体育館で学校の始業式が行われている。夏休みは独りで充実した日々を過ごした。独りには慣れてしまった。今では周囲に人が居る方が嫌な位だ。

「当校でも魔物を受け入れる事となりましたので――」

 そんな夏休みの間世間を騒がせていたのは魔物の存在だった。異国どころではない未知の存在を政府は受け入れたのである。女性の個体が大半であり男性の個体は人間が変化した者しかいないと言われる未知の生物。それも大半が美人。
 それはもう大変な騒ぎであったが僕には関係のないことだ。
 どうせ誰とも親しくならずにに一生を過ごすに決まっている。と言うよりそうしなければならない。僕なんかに関わる人はさぞ悲しい人生を送るだろうからだ。

 クラスに戻ると魔物の転入生の紹介が行われた。在校生も改めて自己紹介をした。席替えも同時に行われ、キュービッドと言われる種族の魔物が僕の隣に座る事になった。リリア・オルシアと名乗っていた。席に座る際、軽く会釈をすると向こうも会釈を返してくれた。見た感じ無口そうでありペースを乱されなさそうだ。僕に気を遣って話しかけたりもしなかった。一安心だ。

 昼食の時間になり席を立つ。僕の食事場所は体育館裏である。人が誰も来ないため落ち着く。おにぎり二つを頬張り終え、教室に戻る。その途中、キュービッドを見かけた。空に飛んでいた。この学校に来たキュービッドは一人(と言うより一魔物と呼ぶべきだろうか)だけなので僕の隣にいる魔物であるだろう。


 美しかった。この世の物とは思えないほど美しかった。何と表現したらいいのか分からなかった。よくアニメで表現されている天使の特殊効果がよりダイナミックで感動的になった。そうとしか表現できないのが辛いが、この世の者とは思えない(実際この世の者ではないのだが)キューピッドの飛行する姿に圧倒されていた。しばらく見惚れていた後、正気に戻り教室へと戻った。
 それから毎日、外に出るとキューピッドを見かけた。名前の通り弓矢を持ち、思い出したようにに矢を放っていた。キューピッドなのだから当然であろう。

 教室では3つのカップルが誕生した話題で持ち切りだった。サッカー部で人気のある部長と地味なテニス部の女子。学年一と噂される美人とお世辞にも容姿がいいとは言えない男子。他人に興味を示さなかった秀才とその幼馴染。
 一見すると不釣り合いに見える為でもあったが話題はそれだけでもない。めでたく交際することになったカップルは皆異常なまで距離が近く、少し暇な時間があれば互いに口づけを交わしていたり互いの体をまさぐりあったり普通では考えられない行動をしていた。
 当然話の真相は「キューピッドがその人たちを引き合わせていた」と言う事なのだが、それにしてはカップルが不釣り合いなため、男子グループを取り仕切っているリーダーがその事を質問をしに行った。

 キューピッドはそれに、
「愛に釣り合いも不釣り合いもないでしょ?」
 と短く返答し、読んでいた本に目を落とした。リーダーはそれに反論することもできなかった。美人に言い負かされたのが悔しいのか不服な顔を浮かべてその場から去って行った。

 しばらくは平穏な日常であったが、ある日の朝より変化が生じる。学校についた時に重要な物を忘れていたのだ。その物体の名は消しゴム。家で使っている消しゴムがどっかに行ってしまったので学校で使う物を使った。そこまではよかったが、その後筆箱に戻すのを忘れてしまう大失態。今日は消しゴム無しでやり過ごさなければならない。
 ノートのある程度の書き損じは致し方無い。普段ならそう思っていられるのだ。しかし、今日は三時間目に小テスト。消しゴム無しでやり抜かなければならない。
 二時間目が終わり教室が慌ただしく
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