「新曲はどう? 進んでるかい?」
「まーだ。もうちょっと練りたいかな」
あたしとポールは、初めて会ったときのあの喫茶店で話していた。
カウンターの向こう側では、マスターとその妻のイオさんがあたしたちの様子を伺っている。
……あの二人は、あたしたちよりも自分たちの赤ちゃんの様子を気にするべきだと思うんだ、うん。
あれから半年。
あたしはポールを始めとした芸術通りの皆とつき合いつつ、歌手を続けてる。
通りの皆はそれぞれ独特の感性を持っていて、話を聞くのは結構楽しい。
そんな彼らとの交流を元にして色んな歌を作ったり歌ったりするのも、やっぱり楽しい。
で、他にも。
最近、あたしのファンの数が増えてきた。……らしい。
劇場でのコンサートみたいな、それなりに大きい仕事も来るようになったし、それなりには知られてるみたい。
ファンの数とか、今じゃあんまり興味ないんだけどね。
「満足いくまで考えてくれればいいよ。ファンの皆も楽しみにしてる」
「……うん」
……ファンの皆、か。
ごめんね。
あたしが今作ってる歌は、皆が聞くことはないの。
この歌は、コンサートでは歌わないから。
「ね、ポール」
「なんだい?」
「新曲できたら、聞くのはポールだからね」
「うん、楽しみに待ってるよ」
あたしにとって、たった一人のファンだった、あなた。
今では、たくさんのファンのうちの一人になっちゃったけど。
あなたにだけ聞いてほしい歌が、もうすぐできるから。
半年もかかっちゃったけど、その分いっぱい思いを込めたから。
一番大切なあなたのための、『特別な歌』だから。
そうしたらまた、たった一人の――。
( 了 )
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