――わかってる。
人気のことばっかり気にして、無理して歌ってたこと。
歌だけいいものができても、人気歌手にはなれないこと。
そして、自分でそれに気付いていながら、気付かないフリをしてきたこと。
本当は、全部わかってるんだ。
でもあたしは、今日もたった一人でステージに立つ。
どうせ今日も、誰も聞いてくれないんだろうけど。
無理したって、自分で自分を苦しめるだけなんだろうけど。
――それでも、あたしには歌うことしかできないから。
「ポール……」
ステージとホールを遮るカーテンの裏、あのお節介な彼がいることを期待しちゃう自分がいる。
でも、たぶん来ないよね。
心配してくれたのに、おもいっきりビンタかましちゃったもんね。
思い返してみれば、たった一人のファンだったのかも。
そう思ったら、目に涙が滲んできた。
バカだな、あたし。
今日のステージが終わったら……村に、帰ろうかな。
あたしは歌姫にはなれなかった。そういうこと。
……それだけの、こと。
カーテンが開く。
――爆発が、起こった。
「……え?」
そこに広がっていたのは、いつもの喧騒じゃなかった。
変な、じゃなくて、奇妙な、いやいや、えー……個性的な雰囲気を纏った人々だった。
絵を描くのに使う台(イーゼルとか言ったっけ?)を背負った人。
帽子に何本か絵筆らしきものがささっている人。
なぜか木材とノミとハンマーを持っている人。
誰もいない空間に向かってタクト(指揮棒)を振るっている人。
そんな人たちが、割れんばかりの拍手をあたしに向けている。
「え、えぇ? 何これ?」
周りを見回すと、ひょろりと背の高い男と目が合い、そして。
彼は、眼鏡を上げて悪戯っぽく笑った。
『これだけ観客がいれば、きっと楽しく歌えるでしょう?』
まるで、そう言うかのように。
* * * *
「あの人たち、何者だったの?」
ステージも終わり、二人で夜道を歩きながらポールに聞いてみる。
まあ、質問しなくても何となく予想はつくんだけどね。
「芸術通りの人たちですよ。歌を聞いてほしい、って言ったら集まってきました。あの通りに住んでる人は、基本的に芸術に関することが好きですからね」
「やっぱりね……」
あたしの予想は正しかったらしい。
芸術家は皆どこか変わっているというのはわかってたけど、あそこまで行っちゃうか。
目の前のポールも、一歩踏み込んだら彼らのような所があるんだろうか。
「どうでした、たくさんの観客の前で歌うのは。楽しんでもらえたなら嬉しいんですが」
「……楽しかったわよ……ありがと」
あたしはポールに笑いかけた。
あんな変わった人たちだけど、観客としてはよかった。
ヤジを飛ばす人も、偉そうに歌の評価をする人もいなかった。
あの場の全員が、ただ、そこにある音を楽しんでいた。
そう、あたし自身も含めて。
今日のステージは、久しぶりに『歌う』ことができたような気がする。
「どういたしまして。僕も、アドリアさんが昔に戻ってくれて嬉しいです」
「昔に……戻った?」
「一年半くらい前、歌うのが楽しそうなアドリアさんに、って意味ですよ」
「一年半前……」
あたしがこの街に来たばっかりの頃。
――ああ、そうか。
あの頃、ステージに立ったばかりの頃は、観客なんて気にしてなかった。
ただ、人前で歌うことが楽しかったから。
いつからだっけ。
周りの評価が気になり始めたのは。
歌うだけじゃ満足できなくなったのは。
「あなた、そんな前からずっと聞いてくれてたの?」
「はい。僕の音楽観を変えてくれた人ですから」
「へ?」
あたし、そんな御大層なことした覚えないよ?
ずっとあの小さなステージで歌ってただけだし。
「……以前の僕は、歌というものを心のどこかで見下してたんです」
ポールは少し恥ずかしがるように頬を掻き、あたしから目を逸らしながら、静かに呟いた。
「楽器は、作るにも演奏するにも技術が必要だ。でも、歌うなんて誰にだってできる――そう、思ってました」
ひどい偏見ですよね、と自嘲する。
あたしは何も言わず、そんな彼を見つめていた。
「でも、たまたまあの店でアドリアさんの歌うのを聞いて。僕の中で、何かが変わったんです」
口調は穏やかだけど、その声には強い思いが込められていた。
ただ、照れからなのか申し訳なさからなのか、依然としてあたしの方を見ようとはしない。
「失礼ですが、歌そのものは正直それほどでもないと思いました。それでも、歌うあなたは本当に嬉しそうで、楽しそうで」
――負けた、と思いました。
そこでようやくこっちを向いて、ポールははにかんだ。
あたしの目をまっすぐに見ながら、さらにこう続けた。
「『音楽』とは何なのか。僕
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