天気雨

「卒業式だってのに、変な天気だなぁ」

 卒業式当日の朝、家を出たら天気雨が降ってた。
空模様はどう見ても晴れてるのに傘がいるってのはなんか変な気分だ。
雨の強さはそれほどでもないけど、微妙にテンションが落ちる。

「そ、そうだね」

 なんとなく堅い顔で返事をしたのは、横を歩く小薄 典子(こうす のりこ)。
俺んチの隣にある豆腐屋の1人娘で、いわゆる幼馴染ってやつ。
高校に上がって告白してからは、彼女でもあったりする。
ただ変なところでお堅くて、最後の一線はなかなか越えさせてくれない。

「なんだテンコ、緊張してんのか?」

 言いながら、彼女の頭をぽんぽんと軽くたたく。
 テンコってのは小さい頃に俺がつけた典子のあだ名。
まあ、俺の他にそのあだ名で呼ぶやつはいないんだけど。

「ちょ、ちょっと、ヨーくんっ」

 テンコが首を振って俺の手を払うと、胸あたりまである黒髪が揺れた。
 なんかコイツ、今朝は家の前で合流してからずっとそわそわしてるんだよな。
小中の卒業式はこんなにガチガチじゃなかったハズだけど。

「ヨーくんは緊張してないの?」
「するわけねーだろ、何回リハやらされたと思ってんだ」

 テンコはなんかムッとした感じで言い返してくるけど、もう俺の頭は式の間どうやってヒマをつぶすかに移ってる。
卒業生の名前を呼んでるときとか、エライ人たちが話してるときとか。
しかも俺の名前は阿部 揚介(あべ ようすけ)、そのうえA組……早くに呼ばれるもんだから、後がなおさらヒマになるんだよな。

「つか、雨が降ってんじゃ校長とかも晴れの日って言えねーな」
「ヨーくん、それオヤジギャグ」
「へ?」
「え? ハレの日って、天気のことじゃないのは知ってる……よね?」
「え……あ、と、当然だろ! 馬鹿にすんな!」

 マジか。ずっと天気の晴れだと思ってたのに。

「ふふっ」

 笑われた。ちくしょう。
まあ、テンコの緊張もちょっとはほぐれたっぽいし、結果オーライってことで。
 そんな感じでどーでもいいことを喋りながら、俺たちは学校へ向かうのだった。


  * * * *


 式が終わった後はいつもつるんでる奴らと遊びに行って、アッという間に夜。
テンコは何だか用事があるってんで、夕方には帰った。
お祭りテンションにかこつけたらもしかして……とか考えてたのに。無念。
 親父たちはあまり遅くならないで帰ってこいって言ってたけど、家に着く頃にはもう12時になりそうだった。
 ま、いいよな。卒業式だったんだし。
ちょっとくらい帰りが遅くなるのは仕方ないってもんだろ。

「ただいまー、と」

 玄関を開けたら、

「ヨーくん……お、お帰り……」
「あれ? テンコ?」

 白い和服を着たテンコが、玄関先に正座してた。

「お前、なんでウチにいんの? しかもこんな夜中に」
「ちょっと話があって……ついてきて」
「お、おう」

 なんでウチにテンコがいるのかはわからないけど、とりあえず言われるままにテンコの後についていく。

「はい、到着」
「到着っつってもなあ」

 着いたのは、リビングの隣にある和室。
普段は親父がゴロゴロしてる畳には、なぜか新品っぽい布団が敷いてあった。
端の方に服掛けとハンガーがあるし、一応、上着とカバンをそこに。

「ヨーくん」
「ん?」

 すると、テンコは布団のすぐ横に正座して俺を呼んだ。
俺はまだ何がなんやらなんで突っ立ってたんだけど、

「ヨーくんも正座するの」
「はいはい」

 ポンポンと畳を叩いてそう言うんで、わけがわからないながら俺も正座。

「こ、これから、私たちの『卒業式』を始めます!」
「……はぁ?」

 なに言ってんだコイツ?

「悪いテンコ、お前がなに言ってんのかわかんない」
「な、なにって……その、あの……うぅ〜〜」

 布団と俺との間で目を泳がせながら、テンコは赤面する。

 ……あれ?

夜。
布団。
俺。
テンコ。

 ……え、そういうこと?

「テ、テンコ」

 声が震えてるのが自分でわかった。
やばい、意識したら一気に緊張してきたぞ。落ち着け俺。

「……なに」
「親父とか、お袋とか、あ、えっと」
「う。……出かけるって……言ってた……」

 お膳立てまで完璧じゃねえか。
 そして俺の言葉で、テンコも俺が気付いたことがわかったっぽい。
そわそわもじもじ動いて、もう床を見るような勢いで俯いてる。

「じ、じゃあ……始める、か?」
「ちょ、ちょっと待って」

 テンコの方に身を乗り出そうとしたら、ストップかけられた。
ここまで来て、お預けとかドッキリとかじゃないだろうな。
今まで散々我慢してきたんだぞ。こんな据え膳、もう止まらないっての。

「ヨーくん、目つむってて。私がいいって言うまで開けちゃダ
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