「先生ーっ、ミストレアさん来ましたよー!」
その声に、私は薬の材料の注文書を白衣のポケットにしまい、薬品庫の戸棚を開ける。
中にあるのはズラリと並んだ瓶、瓶、瓶。
その全てを色とりどりの液体が満たし、フタに名前が書いてある。
ミスティのは……あ、あった。
棚から出した瓶を手に店の表に出れば、カウンターでは店員と客が談笑していた。
尻尾の先で床を軽く叩いて音を出すと、2人は私に気付いてこっちを見る。
「あ、先生」
今こっちを振り返った紺色の髪の青年は、スワール=ディーダロス。
この店の店員で一応は私の弟子の、半人前薬師。
「こんにちは、ニア先生」
カウンターの向こうに立つ淡い青髪の女性は、常連客のミストレア=フォルテール。
私はミスティと略称で呼ぶ。
夫婦で果物店を営むエルフで、定期的にオーダーメイドの精力剤を注文してくる。
「ん」
私もカウンターに入って、持ってきた瓶をその上に置いた。
瓶の中には、いっそ怪しいくらいに鮮やかなオレンジ色の液体が入っている。
ミスティの旦那さんに合わせて分量を調節した、オーダーメイドの精力剤だ。
「いつもありがとうございます。代金と……これ、おすそ分けです」
何枚かの貨幣と共に彼女がカウンターに乗せたのは、フルーツ山盛りのバスケット。
いくら彼女が果物屋とはいえ、こんなに盛ったらけっこうな値段になるだろう。
いいの? と目で尋ねると、彼女は笑って頷いた。
「……どうも」
「ありがとうございます、ミストレアさん」
「いいんですよ。夫が持っていけって言ったものですから」
……旦那さんが?
どういうことだろう。彼女の旦那さんは店にはほとんど来たことないはずだけど。
そう思ったのはスワールも同じだったみたいで、彼と私は顔を見合わせて首を捻った。
「あの、なんでご主人が?」
「『先生の薬がなきゃ俺はとっくに枯れてると思うから、そのお礼』だそうです。私は枯れるほど搾ってるつもりないのに」
「あ、あはは……」
スワールの質問に、ミスティはむぅと不機嫌な表情を作る。
そんな彼女に、スワールは渇いた笑い声で応えた。
それも当然、なにせ彼女はこの店の客でも1、2を争う好色なのだから。
旦那さんは以前来たとき、結婚以来『おやすみ』を言った覚えがほとんどないとこぼしていた。
エルフは淫欲に耐えれば耐えただけ好色になる、って話はたまに聞く。
で、ミスティに関しては10年以上も我慢してたとかって噂がある。
『母の代からサキュバス化してたし、私には関係ないと思うんですけどね』なんて本人は言ってるけど、大いに関係あると思う。
「それじゃ、ご主人にもよろしくお伝えください」
「……おまけ」
「え、いいんですか? ありがとうございます」
カウンターの引き出しから小瓶を一つ出して、さっきの精力剤の横に置く。
よく出る商品はこうしてカウンターの引き出しやすぐ背後の棚に入れてある。
今出したコレの中身は、疲れてるときや病み上がりのときに飲む体力増強剤だ。
「コレ、体力をつける薬ですよね?」
ミスティの問いに、無言で頷く。
と同時、ほんの一瞬だけど、彼女はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
……もしかして、旦那さんへの気遣いが裏目に出た?
「それじゃあ……今日はいつもよりガンバってもらおうかな」
「ちょ……ちゃんと睡眠はとらせてあげて下さいよ?」
「心外ですねえ。わかってますよ♪」
スワールの言葉をさらりと流すと、またお願いしますねーと手を振って帰っていった。
かろん、というベルの音と共にドアが閉まり、店内には私とスワールだけが残る。
旦那さんは今夜は寝かせてもらえないんだろうなとか思いつつ、私はだいぶ暗くなった窓の外の景色を見た。
「……閉めて」
「はい、わかりました。夕飯ができたら呼びますから」
店じまいを指示すると、スワールはすぐに作業を始めた。
日が落ちて少ししたら閉店、その後は夕飯。それが毎日の習慣。
彼がここに来てもう半年、だいぶ慣れたものだと思う。
彼の言葉に後ろ手でヒラヒラと相槌をうって、私は奥の薬品庫へ戻った。
――この街の名前は、ハスエガー。
私は1年半前、田舎からこの街へ越してきた。
今は親魔物領として私みたいな魔物もたくさん暮らしているけれど、ほんの十数年前までは反魔物領だったらしい。
――そして、その街角にあるのが私の店、『金蛇薬局』。
開店して1年と少しの小さな店。場所が裏通りなこともあって、目につきにくい。
そのせいか、今のところは知ってる人は知っているくらいの知名度。
店の名前はわかりやすさを重視した。金髪の蛇女の薬局。そのままだ。
――で、私はその店主の薬師、ティレニア。略称はニア。
種族はエキドナだけど、ダ
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