「……ずっとこうしていたいのはやまやまだが、そろそろ起きないと」
「そういや、今何時なんだ?」
ベッドの上で抱き合っていた二人だったが、不意にエジェレが起き上がった。
その言葉に、レイスは部屋を見渡して時計を探す。
そして、彼が見た時計、その針が示す時間は。
「は、8時!?」
「それも朝の、だな」
レイスがこの家に来たのは、昨日の昼過ぎのこと。
すなわち、睡眠時間を含めておよそ18時間が経過していた。
「どんだけ長いことヤってたんだ……」
「睦事とはいえ、時間を忘れてふけってしまうようでは私もまだまだだな……」
そこで、レイスははたと気付く。
「……今日、平日じゃねえか! やばい、仕事が――」
「何!? 待ってくれ、すぐに朝食を――」
「ああ、それなら大丈夫よ? 新婚休暇の届け出、しといたから♪」
「え? き、休暇?」
「うん。だから、まだまだ二人の時間を過ごしてていいわよ?」
「「……ん?」」
二人は気付く。会話に、自分たち二人ではない誰かが、妙に明るい声が混じっていることに。
キリキリキリ、とぜんまい仕掛けの玩具のような動きで首を回し、入口に目を向けると。
「ハァイ♪ グッモーニン、二人とも。昨日はお楽しみだったわね?」
「か、母さん!?」「お義母さん!?」
果たして、そこにはクチナが満面の笑みで立っていた。
二人は慌てて毛布を引き上げ、身体を隠す。
さらに、その背後のドアからはシベルとトーマス、そしてジャオが顔を覗かせていた。
いつから見ていたのか、シベルはバツの悪そうな顔をし、トーマスは号泣、ジャオはニヤニヤ笑っている。
しかし、二人が真っ先に気になったのはそこではなく。
「あー……か、母さん?」
「んー? なぁに、レイス?」
レイスがちらりと横を見ると、エジェレもまったく同じことを考えているらしかった。
頷き合い、二人は意を決して聞いた。
「「その包帯はいったい……」」
そう、ニコニコ笑うクチナの全身は、包帯でぐるぐる巻きだった。
包帯の上には何も着ておらず、包帯そのものが服のようになっている。
「ふっふっふ……」
と、突然彼女の顔が若干濃くなり、笑い始める。
レイスとエジェレは、ドドドドとかゴゴゴゴとかいう音がどこからともなく聞こえてくる気がした。
「私は人間をやめたぞ、レイスゥッーーーー!!!」
バアァァ〜ン、という効果音が似合いそうな奇妙なポーズ。
クチナが叫んだ瞬間、窓は閉まっているにも関わらず、部屋に一陣の風が吹いた。
「……え、マジで?」
「あぁん、レイスはリアクション薄すぎよ〜。実の母が人間やめたって言ってるんだから、もう少しショック受けなさい?」
だが、やたら大袈裟なクチナの宣言に対し、レイスの反応は微々たるものだった。
「んなこと言われても……全然変わってないし」
「えー」
無駄に身体をくねらせるしぐさも、やたらと軽いその語り口も、人間だった時とまったく同じであった。
あえて変化した点をあげるなら、包帯の隙間から覗くその肌が若返ったようにハリツヤを取り戻していることだろうか。
「つーか……マミーだよな?」
「うん、私はアナタのお母さんよ?」
「そのMommyじゃねえよ」
マミーなMommyにツッコミを入れつつ、レイスは再びエジェレに視線を送る。
「なあエジェレ、人間がマミーになる手っ取り早い方法って」
「……ああ、そうだな」
じっ。
ギクリ。
二人に疑いの眼差しを向けられ、シベルは挙動不審ぎみに目を泳がせる。
そのイヌミミは、落ち着かない様子でピクピクと動いていた。
「どうしました、母様? そんなにソワソワして、らしくないですね?」
「……つ、つい、カッとなって。反省はしている」
エジェレは氷の微笑とともに、静かに母へ呼びかける。
娘の放つ並々ならぬ迫力に、シベルは俯き、イヌミミと尻尾をへたらせて小さくなった。
「まあまあエジェレちゃん。私は気にしてないから、ね?」
「お義母さんがそう言うなら……」
「……なんだか、私が全面的に悪いようになってる気がするな……」
「何か弁明があるのですか、母様?(ニコォ」
「ひぃっ」
再度エジェレに絶対零度の笑顔を向けられ、たじろぐシベル。
だが、気を取り直してごまかすように咳ばらいをすると、杖を召喚してクチナに向けた。
「あー、クチナ。『魔法球はどこだ』」
「『クローゼットノウエデス』……はっ!? 口が勝手に!?」
シベルがクローゼットの上に向けて杖を振るう。
と、そこから手の平サイズの水晶玉のようなものが飛んできて、彼女の手におさまった。
「これか……」
それは魔法球と呼ばれる、ガラス玉に魔力を込めたもの。
音声・画像の記録などの用途で用いられる
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