Eve ―― The age of 19 + 364 days その2

 エジェレの部屋に入ったはいいものの、レイスは生涯でも有数の(緊張感的な意味で)ピンチに陥っていた。

「お、お前の部屋に入るの、久しぶりだな」
「そうだな……」

 ………。

「ケホッ、ケホ」
「おい、大丈夫なのか?」
「っ、ああ、心配いらない……」
「そうか……」

 ………。

(……気まずい)

 沈黙の中、レイスは背中を冷や汗が落ちていくのを感じた。
彼はドアを後ろ手に閉めた状態のまま、部屋の入口に突っ立っている。
 ベッドの上には、上体を起こし、肩で息をする寝間着姿のエジェレ。
その服は乱れ、息は荒い。
ともすればそういう状態にも見えたが、顔色の悪さがそれを否定していた。

「そんな所に、ケフッ……立ってないで、座ったらどうだ?」

 かすかに震える手でもって、エジェレは自らのベッドの端を軽く叩く。

「あ、ああ」

 レイスはようやくドアノブから手を離し、一歩を踏み出した。
目線をあちこちにやりながら、そのくせエジェレの顔を見ないようにしながら、ベッドへと近づく。
そして、示されたスペースに、彼女に背を向けて腰を下ろした。

「レイス」
「なんだよ」
「来てくれて、ありがとう」
「いや、別に……」

 ………。

「ああ、もう!!」

 レイスはやおら立ち上がると同時、何かを振り切るかのように叫んだ。
そのまま180度回転してベッドに上がり、エジェレへと向き直る。
突然のことに目を丸くする彼女の肩を掴み、半ば叩きつけるようにその体を倒した。

「無理してんじゃねえ! 寝てろ!」
「あ、ぁぅ……」

 エジェレは珍しく口ごもる。
その理由、一つは完全な不意打ちであったこと。
もう一つは、言葉は乱暴ながら彼女を心配する内容であったこと。
そして、最後の一つは。

「レ、レイス……この体勢は……その……」

 ベッドの上。
 エジェレの肩を掴み。
 その上に覆いかぶさるように。

「……なんか俺が押し倒したみたい……ってか、押し倒したのか」

 しかし、レイスは赤面こそすれど、慌てる様子はない。
 エジェレはそれに違和感を覚えた。
普段の彼であれば、「わああ!?」とか言って彼女から離れようとするはずだから。
そのことが、彼女に淡い期待を抱かせる。

(まさか、レイス……ついに。ついに……抱いて、くれるのか?)
「……おい」

 気がつけば、レイスの顔はすぐ近くまで迫っていた。
もう少し彼が屈めば、鼻が、そして唇が触れようかという距離。

「な、なんだ?」
「お前な、この手は何だ?」

 レイスは自分の首に巻き付いたものを指差す。
エジェレ自身も意識しないうちに、その両腕は彼の首にまわされ、その体を引き寄せていた。

「え……オッケーのサインでは、なかった、のか?」
「ったく、こんなときまでかよ……」

 そうしてレイスのついたため息すら、距離の近さゆえにエジェレには肌で直接感じることができた。

「あ、ぅあ、ああ……」

 これまでにないほど近くにレイスを感じながら、エジェレは気付いていた。
自らの身体が、心が、本能が、どうしようもなく彼との交わりを望んでいることに。
その情欲の炎が、自らを律する理性の糸をじりじりと焼いていることに。
そして、自分がこの飢えた身体を抑え切れないだろうことに。

「レイ、ス……ダメだっ、私……もうっ……」

 レイスはエジェレに覆いかぶさったまま、目を閉じて黙り込み、考える。
寝ろとは言ったものの、彼女の症状は寝ていればどうにかなるものではない。
 ならば今、彼女に必要なもの、彼女が何よりも望んでいるものは。
彼女のために、自分にできることは。

「……いくぞ、エジェレ」

 ちゅ。

「――っ!?」

 初めての、レイスからのキス。
それは、エジェレが実に十年以上に渡って求めてきたもの。
彼が彼女を認め、受け入れ、求めてくれたという、何よりの証明だった。
 エジェレの身体は、彼女が意識的に動かしたというよりは、勝手に動いた。
首にまわしたままの腕でレイスを抱き寄せ、離れられないようにする。
彼女が舌を出して彼の唇をつつくと、彼も口を開いてそれを受け入れた。

「んふ……む……んちゅ……」

 エジェレの舌はゆっくりと丁寧に、レイスの口を這いまわる。
その動きは、まさに彼を味わっているかのように。
彼の唇を、前歯を、歯茎を、一分の隙もなく犯していく。

「ぁは……」

 そしてエジェレの舌は、とうとう対になる相手を探り出す。
レイスが遠慮がちにそろそろと突き出したそれを、彼女は巧みに絡め捕った。

「じゅるっ……ちゅ、んく……」

 絡み合った舌を伝い、レイスの唾液がエジェレへと流れ込んでいく。
だが、それだけでは足りないとばかりに、彼女は彼の舌を吸いこむようなそぶりさえ見せた。


[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33