太陽の位置は低く、朝といえどもまだ薄暗い。
また、気温の低さゆえに街にはモヤが立ち込めている。
「ああああ、寒みぃいぃ……」
そんな冬の朝、レイスはベッドの中という暖かな楽園の誘惑を振り切り、体を震わせながら着替えを済ませる。
部屋を出て居間へ向かい、欠伸をしながらその扉を開いた。
「ふぁあぁ……お?」
「あら。おはよう、レイス♪」
「おぅレイス、久しぶりだな」
そして、目の前に広がった光景に目をしばたたかせる。
およそ1年半ぶりに見る顔が、食卓にいた。
「お、親父……?」
「何だその『?』は!? この偉大なる父の顔を忘れたってぇのかぁ!?」
ズビシィ、と自らを親指で指す、金髪をザンギリ頭にしたガタイのいい男。
彼こそ、このキャプトル家の家長、ジャオ=キャプトル。
クチナを妻にした経緯からもわかるように、彼もまた彼女に勝るとも劣らない変人であった。
「いつ帰って来たんだよ? 昨日俺が寝るときにはいなかったろ?」
「ああ、ついさっきだぁな。明け方」
冒険者を職業とし、とりわけ様々な地域を廻ることを好むため、旅、帰宅、また旅、帰宅、ということを繰り返している。
冒険者業界ではそれなりに名の知れた存在らしく、いろいろと功績(本人曰く伝説)はあるらしい。
ドラゴンの宝をバレずに盗んできたとか、ダークマターの侵攻を一人で止めたとか、触手の森の最深部から無事生還したとか、かなり信用しがたいものではあるが。
「……あれ?」
ようやくと言うべきか、レイスはもう一つ、普段との違いに気がついた。
台所を見れば、そこにはクチナが立ち、鼻唄まじりに朝食を作っている。
部屋を見回してみるが、どこにも彼女の姿はない。
「母さん、エジェレは?」
エジェレは卒業後も、毎日レイスの家にやって来ては朝食を作っていた。
祭日だろうと平日だろうと、どんな日でも一切関係ない。
自らの父の誕生日さえ「私にはレイスの方が大切だから」で流す程で、毎年その度にトーマスは失踪している。
そしてやはり毎年、シベルが捜索の末に連れ戻し、そんな夫に長々と説教を喰らわせるわけだが。
「あー、なんかねえ、具合悪いらしいわよ。お見舞い行ってあげたら?」
「………え?」
料理を皿に盛りつけながらクチナが言う。
が、レイスがその意味を理解するには多少の時間が必要だった。
『自分の体調くらい、自分で管理できないでどうする』
昔からレイスが調子を崩す度に、傍で看病する彼女が口にしていた言葉。
その言葉通り、彼女は具合が悪いことはあっても、寝込むようなことはなかった。
(アイツでも寝込むことあるのか……つーか、もしかして重症なのか?)
彼の心の中に、そんな考えが浮かぶ。
いつもと違う行動をとると印象が強くなる、というアレである。
普段病気しない彼女が寝込むほどだから、よほど重い病状ではないのか、と。
「見舞いねえ……」
食卓に片肘をつき、その上に微妙な顔を乗せて母の言葉を繰り返した。
「テメェの嫁が具合悪いってんだ、旦那なら行ってこいよ」
「んなっ!? だっ、誰が旦那だ!?」
父の口から飛び出した発言に、彼は一瞬で赤く染まる。
息子のそんな反応に、ジャオはやや不満げに顔をしかめた。
「ぁん? んだお前ら、まぁだくっついてねぇのかよ? 俺ぁ孫がいてもおかしくねーとか思いながら帰ってきたんだが」
「ホントにねぇ。人並みに稼げるようにもなったんだし、さっさと結婚しちゃえばいいのに」
朝食の皿を食卓に運びながら、クチナも参戦。
夫妻は顔を見合わせて、うんうんと頷きあう。
「まぁそんなわけだ、行ってこい」
「エジェレちゃんのことだから、きっとレイスがセッ……励ましてあげるのが一番の特効薬よ♪」
「いや、だから……」
「おぅ、そうだ。薬って言やぁ、旅先の露店でおもしれぇモン見つけたんだ。レイス、お前飲め」
この親はたいてい人の話を聞かない。
レイスの言葉を遮るように、ジャオは懐から小瓶を取り出す。
机の上に置かれたそれの中には、赤っぽい色をした錠剤が詰まっていた。
「なんだよ、コレ」
ラベルが貼ってあるわけでもなく、瓶に何か書いてあるわけでもない。
何かの薬。それ以上のことは全くわからないが、変人のジャオが面白いと言うからにはマトモなものでないことは推測できた。
「一粒飲むだけでモテモテになるすごい薬だぜ」
「今どき、5歳児でもそんな嘘信じねーよ」
チッ、とあからさまに苦々しい顔で舌打ちをするジャオ。
「んだよ、せっかくお前用に買ってきてやったのに」
「お父さんの心遣いを……これが、親の心子知らずってやつなのね……」
「ああそうさ、俺達はもう子供にとっちゃ邪魔な存在なのさ……」
二人して床にくずおれ、よよよと嘆き
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