「うんうん、いい卒業式だったわ〜♪」
「どこがだ……途中からはただの馬鹿騒ぎだったではないか」
卒業式(という馬鹿騒ぎ)から帰った、自宅の居間。
一人ニコニコと笑うクチナに茶を出しながら、私は不機嫌さを隠そうともせずに言った。
元来、『式』と付く以上、厳かな空気の中で粛々と行われてしかるべき。
それがあらゆる儀式であり、式典であり、守られるべき不文律というものだ。
だと言うのに……
「楽しかったんだし、いいじゃない」
「楽しいとかではなくてだな……」
「じゃあ、あの生徒会長ちゃんが悪いっていうの?」
「彼女の行為は、生徒の代表としての意識が足りなかったのは確かだ」
「むむぅ、シベルの頑固ものー」
クチナは口を尖らせ、声に出してぶーぶー言う。
私は頑固だの堅物だの言われても構わんが、さすがにいい年齢の母親がコレだと思うと、レイス君が可哀相になってくる。
「あのコ、すごかったわね」
ふと、クチナが呟いた。
普段のふざけたそれではなく、珍しく落ち着いた声色で。
視線は窓の方を向いているが、そこからの風景など見てはいないだろう。
彼女の目は、もっと遠くを見ているようだった。
「あんなに真っ赤になって、でもあんなに大勢の前でプロポーズなんて。それだけあの眼鏡くんが好きなのよ」
「……まあ、な」
私も魔物、トーマスと夫婦になった際はけっこう強引に行ったクチなわけで。
あのような行動に打って出た彼女の気持ちも、分からなくはない。
「プロポーズ、かぁ……」
私は見逃さなかった。
その言葉を口にしながら、クチナの目が怪しく光ったのを。
「そういえば、アナタたちの馴れ初めって聞いたことなかったわね?」
そら来た。必ず来ると思った。
「いいだろう、話してやる」
「あら? シベルにしてはずいぶん簡単ね?」
「どうせ話すまで帰らないくせに……黙って聞け」
* * * *
約22年前、とある砂漠地帯の、とある遺跡。
そこに、近くの街からの調査団がやってきていた。
「……よし、この部屋はこんなもんかな」
遺跡内部、広間のような円形の大部屋。
壁の模様と手にしたスケッチとを見比べながら、彼は呟く。
部屋には、彼以外の姿はない。
壁に刻まれた装飾や文字を見ているうちに、彼は完全に集団から遅れていた。
そんな彼が、集団の後を追おうと出口に向かった瞬間。
「……ん?」
突如、首の後ろにチクリという痛みが走る。
手でその箇所を探ると、何やら細いものが刺さっていた。
「なんだコレ? ……!?」
と、ガクリと膝が崩れ、バランスを崩しかける。
さらに、目は霞み始め、耳もきかなくなっていく。
「コレ……っ、毒、ばr……」
助けを求めようにも彼は一人、目の霞みや耳の異常はどんどんひどくなる。
抵抗も虚しく、やがて彼の意識は途切れた。
「おい、起きろ」
「ん……んぅ?」
彼女は手にした杖の先で、ベッドに横たわる青年の頭を叩く。
青年は目を覚ますと、目の前の彼女を見てぎょっとした表情になった。
「ア、アヌビス!? すみません! 僕は遺跡を荒らすつもりは……」
おそらくは遺跡の守護者であろう彼女。反射的に頭を下げ、謝罪する。
だが彼女は、彼がみなまで言う前に片手を上げて遮った。
「ああ、それはわかっている。だからお前だけは他の者どもと別の待遇で捕らえたのだ」
彼女は手を腰の辺りにやり、そこから吹き矢を取り出して見せた。
「他の……え、他の人たちは?」
「罠で動けなくなっていたのを、呪いをかけて外へ放り出しておいた。ギルタブリルや野良マミーあたりが捕まえるだろう」
何でもないといった様子で語る彼女に、彼は今更ながら自分が(ある意味で)危険な状況にいることに気付く。
アヌビスは理性的な種族として知られているが、魔物であることに変わりはないのだから。
「ええと……僕だけ別って、どういうことで?」
「お前は、今までここに来たような財宝狂いの馬鹿とは違うようだ」
「はあ……」
曖昧に返事をしながら、彼は調査団の面々を思い出していた。
学者と雇われ冒険者、そして有志の小さな一団。
調査と銘打ちながらも、彼らの目当ては遺跡内部にあるであろう財宝だった。
彼があの部屋に一人だけだったのも、財宝の類がないことがわかった時点で、彼以外がさらに奥へ進んでいたからであった。
「それに」
値踏みするような視線が、彼の身体をなめ回す。
「健康状態や身体つきも悪くなさそうだしな。私は、お前が気に入った」
「え? ……ま、まさか」
「私のつがいになれ」
「―――」
何を言うでもなく、ただパクパクと口を開け閉め。
予想していたとはいえ、現実に言われればやはり動揺は隠せない。
「どうした?
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