今日は卒業式。
巨大な講堂に、生徒たちと卒業生の保護者など、総勢1000人以上が収まっていた。
「……皆さんの更なる飛躍を願い、式辞とさせていただきます」
壇上のエキドナ校長の話は、(人間基準で)わりと常識的なものだった。
儀礼的な拍手の中、話を終えた彼女は壇から下り、教員席へと戻る。
<続きまして、卒業生からの言葉。前生徒会長、キャスティア=オルセイヴ>
「はっ!」
司会に呼ばれて立ち上がったのは、先代の生徒会長であったデュラハン。
教員席に一礼して壇上に上がり、原稿を広げた。
「このようなよき日に卒業を迎えられることは、我々卒業生にとって……」
内容はよく言えば品行方正、悪く言えば月並み。
そんな彼女の挨拶はしかし、この学園の歴史に残るものとなる。
「……そして最後に。前生徒会副会長、カイエン=ミスラルド。ここへ」
突然呼ばれた眼鏡の青年は、怪訝そうな顔をして静かに立ち上がった。
とりあえず壇に上がり、自分を呼んだ彼女に向かい合う。
「いきなり、どういうことだ?」
キャスティアは答えず、ずんずんと彼に近づき――その唇を奪った。
瞬間、講堂の中を何十、何百という歓声が駆け抜ける。
堅物で評判だったあの会長が。
真面目過ぎると言われ続けたあのカップルが。
そんな声は、壇上の二人に届いているのかどうか。
たっぷり十秒ほど経って、二人の唇が離れた。
銀色の橋が重力に引かれて落ち、ぷつりと切れる。
「……人前では、こういうことはしないんじゃなかったのか?」
「う、うるさい! 私なりの冒険だ!」
こんな状況でもなお冷静なカイエンの指摘に、キャスティアは顔はおろかその長い耳までを赤く染めた。
失笑する彼から顔を逸らし、パタパタと手で自らを扇ぐ。
「すぅぅ……はぁぁ……」
幾度か深呼吸をし、咳ばらいを一つ。
「カ、カイエン。その、だな」
俯きぎみにしばらくごにょごにょと言った後、意を決したように顔を上げると、半ばヤケ気味に叫んだ。
「わ、わ、私と……け、結婚しろっ!!」
逆プロポーズ。
講堂全体が、今度は静寂に包まれる。
人々の視線は全て壇上、逆プロポーズされた彼へ。
少しして、その彼――カイエンは若干残念そうにため息をついた。
「やれやれ……放課後に渡すつもりだったんだが、先を越されたな」
懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。
それを開くと、自らの恋人へと中身を見せた。
「まだ、金が無くてな……安物の婚約指輪だが、受け取ってくれるか?」
逆プロポーズ返し。
ぽかんと口を開けたまま、キャスティアは目を点にする。
彼は小箱から指輪を取ると、彼女の左手をとり、その薬指に指輪をはめた。
「……多少大きいが、つけられないことはないだろう。ちゃんとした結婚指輪を買うまでは、それで我慢してくれ」
「カイエン……」
そして、二人は硬くお互いを抱きしめた。
先程のキスの数倍はあろう大歓声が上がり、講堂内はお祭り騒ぎ。
卒業式はうやむや、悪ノリした生徒&教師&保護者によって結婚式モドキまでが執り行われることに。
――こうして、キャスティア・カイエン夫妻は学園の伝説となった。
翌年から、卒業式の『卒業生の言葉』では、生徒代表が恋人にあらためて愛を叫んだり、プロポーズしたり、果てはできちゃった報告をしたり……。
そんな恒例行事ができたが、それはまた、別のお話。
※※
「はあぁぁ……」
「はあぁぁ……」
式の終了後、教室にて。
まったく正反対の表情を浮かべながら、まったく同じようにため息を吐く男女。
恍惚と羨望が入り混じった表情で宙を見上げる、エジェレ。
不安と落胆が入り混じった表情で机に突っ伏す、レイス。
「レイス、もし君があれくらいのことをしてくれたら、私は天にも昇る心地がするだろうな……」
「絶対ねーから安心しろ。……あいつらだけはマトモだと思ってたのに……」
「しかし、この状況を鑑みるに、マトモでないのはむしろ私たちではないか?」
エジェレは両腕を広げ、自分たち以外に誰もいない教室を示す。
先程の乱痴気騒ぎの興奮がそのままソッチへ変換されたらしく、大半の生徒が校内各所の『そういうスポット』へ消えていったのだった。
「うるせー、健全は希少価値だ。ステータスだ」
「ふむ。たしかに、学年で未だ純潔を守っているのは君と私だけらしいが」
エジェレの語った衝撃の事実に、レイスは何とも言えない呻きをもらした。
「……卒業か」
自分にだけ聞こえる程度の声で呟き、レイスは窓の外に視線をやる。
その窓の外を、ハーピーとその彼氏が繋がったまま飛んでいった。
「………」
変に黄昏れてみたことを後悔し、こめかみを押さえながら、視
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