「ふぅ……」
朝食――私と夫の二人分――を作りながら、思わずため息が漏れた。
一人で朝食を準備するのも、朝食が二人分なのも、もう何年ぶりのことだろう。
長いこと、エジェレと二人で台所に立ってきたからな。
エジェレが初めて料理の手伝いをしたのは、確か5歳のときだった。
あの公園での一件からほどなく、「かあさま、わたしはりっぱなおよめさんになりたいです」と言ってきたのがきっかけだったか。
……果たして、あの子たちは将来、ちゃんと夫婦になれるのだろうか?
確かに、あの二人はこれまでずっと一緒に過ごしてきた。
お互いを想う気持ちも、最近では本格的に男女のそれになりつつある。
もはや二人の関係は、依存に近いものがあると言えるかも知れん。
――だが、だからこそ。
どちらか一人にでも何かあったら、どうにかなってしまわないだろうか。
それはあの子らにとって、体の半分を失うに等しい。
無論そんなことにはなって欲しくはないが、この世に『絶対』はない。
そう考えると、エジェレのアレのこともあり、どうしても不安は拭えない。
「シベル、シベル? どうしたんだい?」
「はっ!?」
肩を揺さぶられ、意識が現実へと戻ってくる。
瞬間、ものすごい焦げ臭さが鼻をついた。
「〜〜〜〜ッ!!」
どたんばたん、がたんごとん。
周りに置いていたものをあちこちへ吹き飛ばした気がするが、そんなことを考える余裕はない。
こういうときには、鼻がきく種族に生まれてきたことを恨みたくなる。
鼻の奥に染み付いた匂いだけでも、十分過ぎるほど辛いのだ。
「……大丈夫?」
涙目で鼻をつまんだまま、カクカクと頭を上下。
夫が持つフライパンの上を見ると、元が何だったのかわからないほどにコゲた黒い物体があった。
「珍しいね、シベルが料理中にボーッとするなんて」
「すまない……」
自分でも驚いた。よくこの臭いの中で平気だったものだ。
それに、食材を無駄にしてしまった。また作り直すとして、今後の献立も考え直さなければ。
「やっぱり、君もエジェレがいないと調子が狂うかい?」
「……も?」
トーマスの顔を見ると、苦笑いを浮かべていた。
「朝起きて、そこのドアを開けたとき、エジェレの声が聞こえないとね。なんだかヘンな感じがするよ」
「……私は、台所に一人で立つことに違和感を覚えるな」
「はは、お互い子離れしないとね」
「初日の朝からこんな調子ではな」
まったくだ、とトーマスは自嘲ぎみに笑う。
しかし、その顔には悲しみや諦観といったマイナスな色はない。
一時期はエジェレが家を出るとか結婚するとか、冗談でもそういった話題が出る度に取り乱していたというのに。
「子離れ、か……」
「僕はいずれレイス君が挨拶に来たら、そこで終わりにしようと思ってるよ」
……それは、つまり。アレか。
おじさんエジェレを俺にくださうわ何をするやめぼかどかぐしゃぽてどうした僕の心の痛みはこんなもんじゃないよばしげしどか……以下、無限ループ。
いやいやいや、トーマスはそんなことをする人ではないはずだ。
だが、男親というものは娘の事となると普段では考えられないこともする、とどこかで聞いた気もする。
しかし、それより何より。
「もしレイス君を殴ったりしたら、それこそエジェレに嫌われるのではないか?」
「………!!!」
私は当然だと思ったのだが、夫にとっては完全に盲点だったらしい。
雷にでも打たれたかのような驚愕の表情で固まる。
復旧したのは、そのままたっぷり数十秒してからだった。
「っ……ふ、ふはははは……確かに、キミの言う通りだ……」
いや、まだ完全には復旧できていないようだ。
出会ってから約20年、この人がふははとか言うのを聞いたことないし。
どこの天空城の末裔だ。
「しかし……そう、そうだ……要はエジェレにバレなければいいのさ……」
ヲイ。
思考が確実におかしな方向へ向かっているぞ、我が夫よ。
娘LOVEもだいぶ収まったかと思いきや、そうでもなかったようだ。
「神をも出し抜くほどの精密な計画の下に、あのレイス虫を……」
かちこん。
「ぎゃあああああ!! 頭が、頭がああああ!!」
この人に対してこれを使うのもまた、何年ぶりだろうか。
私は静かに杖を掲げ、だいぶ愉快になっている夫の頭を目掛けて二発目を振り下ろした。
※※
「母様、ただいま帰りました」
「ああ、お帰り」
夕方になり、エジェレが帰ってきた。
夕飯はさすがに家でとるよう言ったので、ここからは家族水入らずだ。
「……なんだか、少し焦げ臭いような……?」
う、さすがに鋭いな。あの手この手で消臭したのだが。
「と、ところで、どうだったのだ? 朝はうまくい
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