どこかの街の、どこかの一軒家。
「ふふふ、可愛いわね。えい、にくきゅうっ♪」
茶色いウェーブのかかった髪の女性が、腕の中の赤ん坊をいじる。
その度に、黒い毛が生え揃ったばかりのイヌミミ乳児は手足をバタつかせた。
「クチナ、あまり人の娘で遊ばないでくれ」
その横から、ストレートの黒髪を腰まで伸ばした褐色肌の女性が口を挟む。
「あらシベル、そっちだって私の息子で遊んでるじゃない」
「……まあ、たしかに」
クチナと呼ばれた茶髪の女性が反論すると、黒髪――シベルはそのイヌミミをへたらせた。
彼女の腕の中には茶色い髪の男の赤ん坊が眠っている。
シベルはその手に生えたモフ毛でもって、ついさっきまでその子をくすぐっていたのだ。
「それとも、本当に遊びたいのは息子のムスコなのかしら?」
「むう……このかわいらしいモノが、やがて夫のような逞しいモノに……って、この昼日中から何を言わせるのだッ!!」
なんだかんだ言って、結局ノリツッコミはこなすシベル。
このあたり、近所で天然漫才コンビとして知られる由縁である。
そんなシベルに対し、クチナはと言えば。
「そして、この子のココから私たちの孫が生まれてくるのね♪」
ボケ倒しました。
腕の中のイヌミミ赤ん坊に何をしたかは、あえて言わない言いたくない。
紳士の皆様も、さすがに赤ん坊は範囲外……ですよね?
「ええい、いい加減にしろっ!!」
かちこん。
シベルは金で装飾された杖をどこからか取り出し、クチナの脳天を強打した。
「……痛い」
「こんな真っ昼間からそんなことばかり考えてるんじゃない! 母として、子供に恥ずかしくないような振る舞いをしろ!」
シベルはどこかの弁護士よろしく、ビシィと人差し指でクチナを指差す。
なお、ビシィとは言ってもルート次第で主人公を殺すピンク髪ではない。
「怒られちゃった……エジェレちゃん、あなたのママは怒りんぼね?」
しかし特に動じた様子もなく、クチナはイヌミミ乳児に話しかけた。
「……本当に反省しているのか!?」
「Yes! 高〇クリ〇ック!」
ジト目で問い掛けるシベルに、クチナはグッと親指を立てて答える。
しかしながら、これはさすがにやり過ぎだった。
「………(プチッ」
すうっ、とシベルは杖を天高く掲げた。
その瞳は怒りのあまり真紅に輝き、体からは憤怒の魔力が漏れ出している。
「あ、シ、シベル? やーねぇ、冗だ」
ぱがんっ!!
* * * *
それから一年後、同じ民家にて。
子供たちは、ふらふら立ち上がったりヨチヨチ歩いたりできるようになっていた。
しかし、今はよく晴れた日の昼下がり。
二人の幼児は陽光の下、一つの布団に並んで眠っている。
ヒネた見方をすれば、齢1歳にして男女同衾である。
「うふふ、あの子たちまた一緒に眠ってる。ホントに姉弟みたいね」
そんな二人を横目に、クチナは紅茶を口に運んだ。
テーブルの向かいに座るシベルも、同じように子供たちの方を見る。
「そうだな。しかし、そんなことを言っているうちに……」
彼らの穏やかな寝顔を見ながら、しみじみとつぶやく。
娘が生まれてからの一年は、シベルにとってあっという間だった。
なにせ赤ん坊は気まぐれなものだから、予定なんて立てられたものではない。
どんな事態になっても、その場その場で対応しなければならないのだ。
夜泣きされれば、コトの最中でも牝犬から母に戻らなければいけない。
……などとしんみり思い返してみたところで。
「そうねえ、やっぱり男女の仲になっちゃうのかしら」
向かいのクチナの一言で、そんな湿っぽさは吹き飛んでしまう。
この変人の妄想は子供たちが成長するにつれて激しくなってきており、子供が年頃になった頃にはどうなっていることやら。
最近では、二人の結婚は彼女の中で確定事項になっているようだし。
「いや、だからそうと決まっては……」
「えー、つまんなーい」
しかも、それをやる理由が『面白そうだから』である。
何処までも自分勝手というかなんというか。
「……私は、たまにお前が人間なのが信じられないことがあるよ」
うんざりした表情で大きなため息をつくシベルだが、クチナはまったく動じない。
「やー、そんな褒めないでよ恥ずかしいわねえ。それに、私だってアナタが牝犬だとは思えないわよ? 昼は」
「褒めていないし、それは私を馬鹿にしているのか?」
口の端をピクピクと震わせて、シベルの額に青筋が浮かび上がる。
その右手には、既に金の装飾つきの杖が握られていた。
「それ、地味に痛いからしまって? ね、謝るから」
シベルは半眼になりながらも、杖を消した。
彼女の杖がどこから出てきてどこへ消えるのかは、永遠の謎
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