想い焦がれて幾星霜

 ――あれはいつのころだったか。この遊郭に初めて丁稚奉公に来た時だったのは覚えている。
 遊郭の主である親父さんに案内されて、一番の女郎に会いに行ったその時だった。
 俺は、初めて恋をした。
 その人は豪華な和服を着ていて、それだけで相当のくらいの遊女なのだろうと伺うことができた。着物から覗く肌も白く艶やかで、まるで芸術品のようだった。
 けれど、俺は彼女の髪に見惚れていた。カラスの濡れ羽のように艶やかで、軽く波打つ様が日光を浴びてキラキラと輝く様はまさしく星空を写し取ったかのようだった。

「あら? 坊。どこから来はったん?」

 窓辺に腰掛けてキセルをぷかぷかさせていた彼女は慈母のように穏やかな視線を向け、口元をふっと緩ませた。それだけでまだ幼かった俺は顔を真っ赤にしてしまい、それを見た彼女は微笑ましそうにコロコロと笑った。

「あぁ、マキノ。こいつは今日からここに丁稚奉公に来たんだ。よろしくしてやってくれ」

「あら、そうなん? ウチ、マキノ言うんよ。よろしゅうね?」

 その時、彼女が向けてくれた笑顔を忘れることはできない。太陽のように明るくて、けれどどこか陰があるのが不気味で――妖艶で、思わず息を呑むほどだった。
 そして、あれから十年以上が経った今も、俺は彼女のことを忘れられずにいる。

 ここ、ジパングにある小さな遊郭。そこが俺の働いている場所だ。最初は丁稚としてきていたが、今では親父さんから腕を見込まれて周りからは『若旦那』と呼ばれている。近頃親父さんも体を悪くしてきており、子を持たないため後継には俺が就く予定だ。
 我ながら、大出世だと思う。少なくとも、厄介払いされて丁稚奉公に来た時にはこうなるなんて思わなかった。

「……さて、と」

 俺は一旦筆を置いて席を立ち、遊郭内を練り歩く。
 この遊郭は普通の遊郭ではない。魔物たちだけが集められた特殊な遊郭だ。
 一口に魔物といっても色々種類がおり、ここにいるのは人間たちにとても友好的な奴らばかり。ここにいる奴らと十年以上付き合っているが、一度たりとも暴力を振るわれたり嫌がらせを受けたことはないのだ。

「あら、若旦那。またあちらに?」

 ふと聞こえた声に立ち止り、後ろを見やる。するとそこには狸の尻尾を生やした女性が立っていた。
 彼女の名はカズサ。ウチの遊郭の会計担当だ。

「ほほぅ。若旦那さんはよほどあの方に御執着と見えますなぁ」

 カズサは見透かしたように言ってくるが、俺はそれを鼻で笑い、彼女の狸耳をちょいと指で引っ張ってやる。

「あたたたたっ! ご、ごめんよ、若旦那! 全く、あの人の話題になるとすぐムキになるんだから……」

「……もう一度引っ張られたいか?」

「いやいやいや! もう結構! ただ、若旦那。言っちゃ悪いが、あまり肩入れするもんじゃないよ? 遊女なんかにさ」

 そんなことわかっている。だが、諦められないんだ。
 あの時からずっと――俺の心にはあの人がいるのだから。
 カズサはじぃっと俺の目を見据えていたが、やがて呆れたように額に手を置いて『やれやれ』と首を振った。

「まぁ、気持ちは固いみたいですね。まだ部屋にいるみたいですから、行くならどうぞ」

「あぁ……カズサ。ありがとな」

 最後に礼を言い、その場を後にする。普段はこちらをばかしておちょくる彼女がキョトンとしているのは少しだけ小気味よかった。
 俺は着物の袖に手を通しつつ、ある部屋へと向かう。そこは遊郭の中でも別格のものだけが入れる部屋。そこに、俺の想い人はいる。
 二階へ続く階段を上り、廊下をしばらく渡ると彼女の部屋が見えた。そこからは小さな灯りが漏れており、話し声も聞こえてくる。
 俺は衣服の乱れを可能な限り直してから、ふすまをトントンと叩いた。

「マキノさん。いますか?」

「おりますえ。入っておくんなんし」

 声が返ってくるのとほぼ同時、俺はサッとふすまを開けた。そうして映りこんでくるのは部屋の中央に正座しているマキノさんと彼女に後ろに立つ小柄な銀髪の少女――キキーモラのファナだ。
 ファナは数年前異国から来た少女だ。なんでも、船に忍び込んできたらしい。当然いく場もなかったのでここで雇うことになったのだが、その献身的な働きぶりから遊郭内外を問わず人気が高い。

「あ、若旦那様。おはようございます」

 ファナは丁寧なお辞儀を返してくる。彼女の銀髪がふわりと揺れ、それはとても幻想的な様相だった。が、俺は彼女に対して穏やかな笑みを返し、その滑らかな銀髪を撫でた。

「あぁ、おはよう。いつもご苦労」

「ほんにようやってくれとるよ、ファナちゃんは。ウチの髪も喜んどる」

「そ、そんな。私はただやるべきことを……」

 彼女はとても謙虚だが、誇っていいくらいの働きを見せて
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