貧乏傭兵と炎精霊 2 後編

 喧しい声。
耳が鳴る……脳に響く。
ドラゴンは大きく上げた爪を振り下ろしていた。
鈍重な見た目に背いて、ご結構な速度が出るようだ。
風圧に合わせて身をかわす。

 こう暗くては目も利かない。
耳鳴りが煩い……こっちも使えそうに無い。
妙に動きが鈍くなる。気を張っていないと震えてしまいそうだ。


(ああ……面倒だ)



これだから魔物は好きになれない



 XXX XXX XXX XXX XXX



 『彼女』は少しだけ驚いた。
どうせすぐに片が付く……などと高を括っていたが、その認識を改める事にした。
僅かに奮った戦意をも打ち払ってやるつもりで、死なない程度に加減していたとは言え……
当てる気でいた攻撃をあっさりと回避されてしまった。
これを驚かずして何とする?



 身の程知らずは鞘を払う。
良く研がれた刀身は遠くの火を受け、鋭い銀光を返す。
竜に刃向かうその姿。これが雑多な者ならば、単なる自殺志願の愚となろう。
だが彼にとっては……それすらも活路の一つでしかない。

 そんな挑戦者の姿に、眼下に見下ろす矮小な者の思わぬ行為に。
『彼女』は少しだけ驚いて、それから小さく笑った。
それは先程のような嘲笑ではなく、感心したような歓喜の笑みだ。



 そして『彼女』は長くしなる尾を繰り出した。
風を切り砕く轟音。 響き、迫り来る。
打たれれば、それだけで致命傷となるだろう。
しかしハールリアには、恐れも焦りもない。
跳躍でそれをアッサリと避けると、そのまま一息に間合いを詰める。

 近づいた彼に、すぐさま二度目の爪撃が襲い来る。
この竜は愚かしい挑戦者を踏み潰す気でいるらしい……
振り上がった鋭い鍵爪が、宙空の彼へと内向きの三日月を描く。

 しかし彼は、『彼女』の目算を乱した。
着地するよりも前に刀剣を振るい、刀身で竜爪を打つ。
すると、彼の体は弾かれるように着地点をずらした。
……誰もいない床を竜足が踏み抜く。




「ファイアランス!」

 自ら吹き飛んでからの着地。
かなりの速度が出ていた為か、土煙を上げながら地を滑る。
身を低くして制動を取り、体勢を立て直しながら彼は叫んだ。

 詠唱を省略した術式。
術者の魔力だけで魔術は顕現された。
叫びで発動した魔術は、灼熱色の二本の槍を紡ぎ出す。
槍は宙空で静止し、術者の指示を待つ……

 そして彼は剣を突き向ける。
炎の槍は闇を焼いて貫き、矢のように飛び立った。
弧を書くような軌線。轟音と共に着弾。
多量の爆炎と火の粉を撒き散らした。



 その炎が、一瞬だけの巨大な明かりとなった。
その揺らめきが、ハールリアの目に『彼女』の姿をハッキリと映す。

 鳥とも蝙蝠のそれとも違う特異な翼。
鱗と爪の付いた頑強そうな骨格。その合間には皮膜が張っている。
頭部は鰐に似ているが、硬質な二本の角が相違を語る。
その顔はギザ付いた歯を剥き出している……闘争の愉悦に笑っている。



 第一波の着弾と同時に、新たな炎槍が作られ、放たれる。
槍は黒煙を吹き飛ばし、再び『彼女』を照らし出す。
先の先まで気付かなかった異質の色。

 一瞬だけ垣間見えた肌……紅蓮の肌。

 『彼女』の鱗は紅かった。
通常ならば緑の筈の竜鱗が、血潮よりも赤く染まっている。
深紅の竜鱗が身体を覆っていた。



 第二波は『彼女』の爪に払われた。
二本の内の一本は、爪に踏み抜かれて消滅した。
もう一本は爪の作った風圧に、勢いの殆どを消されてしまった。
衝突こそしたが、その程度ではドラゴンにダメージを与える事は出来ないだろう。
それどころか直撃していた第一波でさえ、鱗が煤けた様子すら見受けられなかった。



 三度目は無かった。
挑戦者の攻撃は終わった。
ならば次はこちらの番だ。

 ドラゴンは首を高くして、大きく息を吸い込み始める。
そして先程のお返しだとでも言わんばかりに、巨大な炎球を吐き出した。
通常のドラゴンブレス……火炎放射のような炎では無い。
それが凝縮され、形を成し、球形となっている。
圧縮によって熱量は膨大に膨れ上がり、その炎は青い光を放っていた。



 迎え来る炎球に、ハールリアは既に体制を整え終えていた。
彼は焔が放たれるのを見るや否や、駆け抜けるようなステップで炎球の着地点から大きく離れる。
同時に魔術を発動する。剣の柄に埋め込まれた宝飾に手を当て、小さく呟く。

「防壁の風、我が領域……アトモスフィ」

 呪文は空気を固め、不可視の壁と成す。
その発生とほぼ同時に、青き火球が着弾した。



 噴き上がる爆炎。
先程の彼の槍が児戯にしか思えない。
熱量は圧倒的等といった表現ですら生易しい。

 直撃した石畳が一瞬で気化してしまった。
防壁に包まれたハールリアにダメージは及ばない
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