黒剣戦士と声亡き歌姫

 モル・カント聖王国は奇妙な国家だ。
聖王国の名を冠し、主神信仰を国家的に保持しているとされるが、形式的な見かけだけの物。
実際に教団に加盟している国民は極僅かで、また政治的に深い関わりを持つ教団員もほとんどいない。

 モル・カントは奇妙な国家だ。
大陸有数の軍事国家であるにも関わらず、領土意欲は少ない。
西進して他の国家を奪おうとはせず、東の果てで僅かな領土を保持し続けている。
そして彼等の軍は、もっぱら東へと進んでいく。

 モル・カントは奇妙な国家だ。
彼等の軍は直進する。そしてその行軍ルートに道と拠点を残し、突然に撤退するのだ。
その結果、首都から何本も延びるひたすらに長い街道が出来た。
街道の途中の拠点跡では、村落や街が出来ていった。
その結果、ひげ根のように張り巡らされた街道と、それに付いた土塊のような都市の集まりが幾つも作られた。
まるで抽象画のような奇妙な国土。
平面地図に表されたモル・カントは、実に奇妙な国だった。

 そして何よりも。
こんな奇妙な形の国は、その道の一本一本が魔物の領域に食い込み、分断している。
魔物の領域を取り囲んでいた。そして同様に、魔物の領域に囲まれている。
それでもまだ存続しているのだ。


 モル・カントは奇妙な国家だ。



 xxx xxx xxx xxx xxx



 フェムノス一行の馬車は、早朝にカント・ルラーノ市に到着した。
そして二時間ほど経った現在、一行は城壁を越え市内へと入る。
随分と時間が掛かったが、恐らく魔物に対する警戒のせいだろう。
何せこの国は常時魔物相手に戦争中なのだ。仕様があるまい……



「カント・ルラーノ貿易都市か……」

「貿易都市?ご主人、王都じゃなかった?」

「新王都は俗名。貿易都市が正しい」

「……どうしてアンタが答えるのよ」

「不都合か?」

「うっさい…」


 正規兵に牽引され、ざっと市内の様子を見渡してハールリアが言う。
疑問を述べるフィーリと、それに淡々と答えるフェムノス。
ここ数日の間、何度も繰り返された、見慣れたいつもの光景だった。

 カント・ルラーノ貿易都市は、実に大きな町並みを誇っている。
多くの街道と繋がっているこの地には、各地の特産物が集まり、市は大きく活性化した。
他にも、街道が近いということは、その分魔物の領域区も近いという事だ。
そのため、富と名声を求める多くの冒険者や傭兵達も訪れる。
その結果この都市は、王都以上の経済力と兵力の集中する場となった。
新王都の俗名は、このような理由からだ。




 暫くして、旅人用の馬車置き場にフェムノスの馬車が繋がれる。
牽引役の二人の兵士のうち、熟練した風の男は馬の方を所定の位置へと連れて行く。
年若い方の兵士は、馬車の固定を確認してから、幾つかの注意事項を述べた。


「えっと、お二人には旅人として滞在してもらいます。
 傭兵として仕事が欲しいのなら、クエストを受けるのと同様に酒場へと行ってください。
 遠征前には、いつも募っていますので……」

「民間雑務(クエスト)と同じ……それはまた、随分奇妙ですね」


 ハールリアが言った。
普段とは打って変わった慇懃な態度だ。

 そして彼の言うとおり、それは確かに奇妙なことだった。
一般的な国家ならば、先ずそのような事はないだろう。
多くの国では、先ず傭兵団の団長が王や将軍に謁見を申し入れる。
そして煩雑な利害契約や、その国の伝統的儀式とやらの後、ようやく部隊編入が成されるのだ。
将校が個人的に場合もあるが、その場合も契約がなんだと面倒には違いない。

 それがこの国では、クエスト……冒険者に任される治安維持上の雑事。
そんな物と同様――雑事と変わらぬ物として扱われているのだ。
様々な国を旅し、多くの戦場を渡り歩いたハールリアにとっては、まるで考えられない事だった。


「まあ、奇妙な事は百も承知です。ですが、それがこの国の方針としか……」

「そうですか…まあ面倒が無くて大変結構」


 歯切れの悪い兵士の様子に、詮索を諦めたハールリアは嘆息する。
そんな彼の様子に、若い兵士は「すみません…」と弱々しい声で言う。


「おっと……そろそろ時間ですので、僕はこれにて!」

「はい、お勤めご苦労様です」


 小さな敬礼の後、彼は持ち場へと走っていった。
新兵らしい生真面目な兵士のようだ。







「さて…それじゃ、ここから先は自由行動だね」

「そうだな。機会があればまた会おう」


 喋り方を普段のフランクな物に戻し、ハールリアは言う。
荷物は馬車に積んでもらっていたリュクサック。…それだけだ。
元々一人旅、ずいぶんと身軽だった。

 そんな彼に対し、フェムノスは無感動声で簡潔な別れの言葉を送った。
ハー
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6 7]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33