貧乏傭兵と炎精霊-2-

 焦げ茶色の、こげ跡だらけのマントを羽織った冒険者が小道を歩いている。
 彼、ハールリア・クドゥンは、足の向くままカント=ルラーノの市内を歩き回っていた。商店の立ち並ぶ賑やかな区画から、もう使われなくなったのかまるで人気のない寂れた区画まで。特に何かというアテもなく、気付けばもう日暮れも近いかという時間まで、ただただそうしていた。

「ご主人、そろそろ宿でも探す?」
「・・・・‥」

 傍らで浮かぶフィーリが主へそんな提案した。それに、ハールリアは歩みを止めて渋面を作る。
不機嫌というよりは、『バツの悪そうな』といった風に見えた。そんな主人の様子に、フィーリは怪訝げに声をかける。

「ご主人?」
「・・・・なぁ、フィーリ。覚えてるか?」

 ひどく神妙な声音。その苦悩と躊躇の入り混じった重々しい声に、フィーリは怯み、気を引き締める。
ゆっくりと一呼吸置いて、続く言葉を待つ彼女へとハールリアは告げる。

「僕達は、宿に止まれない。ほら、覚えてるか?」

 すっと人差し指を立て、世の理不尽を説く隠者のように彼は言う。
まるで世界の終焉を告げる予言者のように厳かに、彼はその言葉を吐き出した。

「財布、無くしただろう」

 すぅ…と、風が吹き抜ける。冷たい風だ。秋の深さを感じさせる。
それが穏やかに、ハールリアの髪を揺らした。
風はフィーリをもユラリと揺らし・・・・直後に、焔と変わって吹き上がる!

「こっの・・・・バカご主人っ!!」

 吹き上がったフィーリの炎は、思いっ切りハールリアへとぶつけられた。
一応、彼の羽織るマントは防火製だ。しかしまあ・・・・それも言った所で精々が、燃えづらい繊維だというだけの事。その暴力的な熱量がどうにかなる物では無い。

「うっぎゃぁあああ!!?」
「この、アホ! バカ! マヌケ!
 なんっで、そう、それだけの事にそんなシリアスっぽい前フリしてんのさ!?」

 火傷しそうどころでない高熱に叫ぶハールリア。そんな主に追い打ちをかけるようにフィーリはその炎の体で何度も何度もハールリアを殴る。仕草こそ子供が駄々をこねるようなポカポカパンチだが、彼女自身が高熱の炎であるからして、その燃え盛る拳がどれほどの破壊力を秘めているのか。ハールリアは一も二もなくドタドタと辺りを逃げまわって、何とも情けない限りだ。
揺らめく陽炎だとか飛び散る火の粉が花火のようで、見ている分には綺麗なものだ。が、無論、殴られている方は堪ったものではないが。

「ちょ、か、勘弁してくれって、フィーリ!」
「うっさいバカ! ああ、もう、戸惑いとか心配とか、ちょっと格好いいかもとか一瞬感じちゃったトキメキとか! とにかく今の一幕に費やして無駄にした私の心情だとかなんだとかも全部まとめて返せ、このバカご主人!!」

「ごめん、悪かったって、いや僕も悪ふざけが過ぎたとは思ってるから! あ、でも心配してくれたんだそれはありが・・・・っどうわぁああ!? ちょ、ちょっとフィーリ! 熱いから燃えるから、本当ヤバイってそれ!! 燃える、燃えちゃう! 死ぬ、ちょ、勘弁!!!」

 拳と共に飛んでいた言葉で、少し心穏やかになったハールリア。
しかしそれに感謝の言葉を返そうとしたその瞬間フィーリが投げつけた林檎大の炎の塊が頬のすぐ横をかすめ、それどころではなくなる。ジリ…と髪が焦げ、熱い熱いと叫びを上げながら、ハールリアは人通りの無い路地を駆け回っていた。

「う〜、うっさいバカ! このバカ! オオバカご主人!!」

 ちょっぴり言い吃りながらも何度も何度も、けれど流石に少しは落ち着いたのか、ギリギリ当たらないくらいの勢いで拳を振るい続けるフィーリ。炎で型作られた不恰好なヒトカタの顔が、心なしか赤く照れているように見えるのだが・・・・いつ着火してもおかしくないと心穏やかでない彼に、それに気づく余裕が有るわけも無し。ただヒイヒイと悲鳴を上げながら逃げ回りつづけている。
・・・・なんとも情けない限りだ。



 XXX XXX XXX XXX XXX



「本日中に達成でき、かつ報酬の高いクエスト。ですか」

 昼から夕に差し掛かる頃合い。さしあたり今日の宿代程度は稼がねばならないと、ハールリアは酒場へと来ていた。

「ええと・・・・なんか無いかな?」
「ありませんね」
「そ、そうですか」

 彼の注文を聞いて、受付嬢は五秒と経たずに答えを返した。
そして一応とでもいうような風にパラパラと手元の書類をめくり、その片手間、彼の方はちらりとも見ずに冷めた声でぽつぽつと言い放つ。

「そもそも、もう数刻で日も落ちるような時間に本日中などと言われましても」
「う゛・・・・すみません」
「加えて、報酬の高い、とは。・・・・欲張りすぎですわ」
「うぐっ」
「まあ一応、本日
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