翌日。朝一のミサよりも早く、フェムノスは再び教会を訪れた。
あらかじめ連絡が回っていたのか、日が昇るか登らぬかという時間にもかかわらず、すぐにコルナーのもとに通される。場所は昨日と同じ、教会の裏手に設けられた馬車用の出入り口だ。
「はい、という訳で今日からこの馬車は貴方の物です。オメデトウ!
・・・・あ、時に馬車の運転をしたご経験は?」
「ある。問題ない」
「それは良かった。それでは、また何時かご縁があればまた会いましょう。
貴方に神の御加護があらんことを・・・・」
やけにサッパリとした手続きを終え、コルナーはそう締めくくって深々と礼をした。
普段の様子はチャラついている彼ではあるが、こういった所作は驚くほど様になっている。伊達や酔狂で教会騎士の副隊長などと名乗っているわけではないらしい。
そんな彼の様子を横目に視界に入れて、フェムノスは早々と馬車に乗り込んで手綱を引く。パシン、と一度革紐が馬体を叩き、馬車は緩やかに動き出した。
「縁があれば、な」
「ええ、御縁があれば」
そんな奇妙な挨拶を交わして、フェムノスは馬車の速度を上げていった。まだ人通りもまばらな通りを抜けて、ガタガタと石畳を鳴らす音を残しつつも、すぐに彼の姿は見えなくなる。
・・・・その姿も音も、完全に消えたのを見計らってコルナーは顔を上げた。
「ふ〜、真面目な対応ってのも疲れますねえ・・・・まったく、隊長もこういう面倒事を僕に押し付けないで欲しいですよ。
・・・・あー、でもなー、あの人、傭兵嫌いだしなー。あの人なら絶ッ対に怒鳴り散らすだろうなー。
それで後処理とかを全部僕がやる羽目になるんでしょうねぇ・・・・うっへ」
一人寂しく独り言をこぼし始めるコルナー。一人っきりだというのに、身振り手振りまで交えて雄弁に愚痴をこぼしている。寂しい。
・・・・と、そんな彼に寄り添うようにして影が一つ現れた。馬だ。コルナーの白銀の鎧と見事なコントラストを成す、漆黒の毛並みをもった馬。よく手入れされているのか・・・・否、これは元が素晴らしいのだろう。その馬は、一目見れば思わず手を伸ばしたくなるような美しい毛並みをしていた。まるで星空の闇を融かしたような色合いだ。
この美しき青毛馬は、コルナーの愛馬である。
『彼女』は、愚痴をこぼす主人の方に心配そうな目を向けていた。
「おや、慰めてくれますか。それはどうもありがとう。・・・・ところで、また抜けだして来ましたね?
そんなにお仕置きが欲しいのなら、言ってくれればいつだってお相手しますよ〜」
お仕置き、と聞いて彼女は半歩身を引いた。
それを見たコルナーはさも満悦気に笑い、冗談だと手をひらひらと横に振る。
そしてポロッと、何でもないことのように彼は言った。
「ま、それは兎も角として、いい厄介払いが出来ました。
いや〜、空の馬車が走ってきたからなにかと思ったら、まさか主人が積荷ごとマタンゴになっていたとは予想外。ちゃんと聖掃したから大丈夫だって言ってるのに、誰も乗ろうとしないんですもん困っちゃいましたよ!」
愉快愉快と、手を叩きながら笑うコルナー。
ブルル・・・・と彼女が低くいなないたのは、そんな主人の様子を見てタメ息でもついたのだろうか?
彼の他には馬しかいないこの場所で、コルナーはケラケラと道化じみた様子で笑い続けていた。
XXX XXX XXX XXX XXX
所変わって、ここはアロンド市からカント=ルラーノへと向かう街道の上。
ようよう朝日が差し込み始めたこんな時間、街道を行くのは二頭引きの馬車が一台あるばかりで、ガランとしている。
その一台の御者台に座るのは、フェムノスだ。彼は、背にあの巨大な鉄塊を負ったまま手綱を握っている。
その速度は、なかなかに早い。元は行商人が使っていた馬車である。積荷が彼自身と、その彼がひとりで持ち歩けるような数週間分の食事やその他雑貨のみであるのだから、当然と言えば当然。
しかしそれとは別に、彼の操縦技術が達者であるというのもあった。しっかりと、その両の手で馬の歩みを操っている。
ガラガラと規則正しく車輪を鳴らし続けるフェムノスの馬車。
・・・・その後方から、同様の音が二倍ほど早いテンポで迫ってきていた。
「そこの馬車ァ!止まりな!」
野太い男の声が続く。
フェムノスはチラリと後ろを見て、音の正体を確認する。
一頭引きの荷馬車。質素な作りだが速度が出る。荷は積まれておらず、代わりに茶色の革鎧を着た男が3人。鎧は冒険者向けの市販の物・・・・どこかの正規軍というわけでも無いらしい。
では、何か?
「さっさと止まって、大人しく荷を渡しやがれ!」
確定、賊。
即座にそう結論
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録