偏境都市:アロンド

 あの魔の森の狂宴より、二刻半。
フェムノスは一人もと来た道を辿り、ここ、アロンド市へと帰りついた。
ハールリアと名乗ったあの青年はいない。彼は、あの場で死に絶えた傭兵団の内の一つに雇われていた身であったそうだ。雇主が死んだ時点で、もうこの件とは何の関わりもなくなったのだと言っていた。報酬金は良いのか、というフェムノスの問いに対しては、契約金として既に十分な前金を得ているから必要がないと答えてもいた。
そうしてハールリアと別れたフェムノスは、こうして一人、報告のため街へと戻り付いたのである。


「・・・・以上だ。約束通り、報酬を頂きたい」

 アロンド市の中央に位置する巨大な教会。聖王国たるモル=カントのシンボルでもあるそこは、一般的な市街における「役所」の役割を持っていた。
その内部。煌びやかな凝った装飾こそ無いものの、ある種の荘厳な空気を醸し出している教会内の広間にて、フェムノスは事の次第を簡潔な言葉で伝えた。
それを聞くのは白銀のプレートメイルを身に付けた、教会騎士の若い男だ。くすんだ金髪と、戯画に書かれる狐のような吊り気味の糸目が特徴的なその男の名は、コルナー・マストゥーラ。ここの騎士隊の副隊長だと名乗っていた。

 コルナーは手元に用意していた書巻にフェムノスの報告を書きまとめると、にこりと笑い、見た目よりも少しだけ幼い声で答えた。

「はい、ありがとうございました。いやいや、中々なんともお手柄ではありませんか。
 そのマタンゴ達の胞子がこの街まで飛んできていたらと思うと、正直ゾッとしますね。
 ・・・・さて。それで、報酬の方ですが、いや、困りましたね。契約の上では、一人頭銀貨5枚とありますが、あれだけいた傭兵が戻って来たのは貴方一人・・・・こちらはボロ儲けでいいですが、さすがに何か悪い気がしてきますよ」

 言葉の中身とは裏腹に、陽気で楽しげな風に彼は言った。身振り手振りを交えたその口調は、何処か道化じみている。その年若い声と端正な容姿も相まって、妙に現実味がない。

「問題ない。契約は契約だ」

 ・・・・現実味がないというならば、こちらも同じか。
淡々とした、努めて感情を排したような声で、フェムノスが応える。
それだけ言うと、彼はコルナーから渡された5枚の銀貨を手に、彼に背を向けて早々に退出しようとしてしまう。

「ああ! 待って、待ってくださいな!
 いえ、そうも行かないんですって! そろそろ年末も近いし、予算使いきっちゃうのもこれで大変なんです。
 ・・・・って、いやいや、そうじゃなくって教会組織に属するものとしましては良心がですねえ」
「・・・・・・」

 その様子を見て、慌てた様子でフェムノスの前に回りこんで止めに入るコルナー。
喧しい男だ、とフェムノスは心中で彼をそう評した。

「そう。そうです、そうです。良いものがありました!
 少々こちらへ。何、悪いようにはいたしません」
「?」

 ポン、と手を打ち鳴らしてコルナーはスタスタと広間の外へ歩いていく。
頭の上に疑問符を浮かべながらも、特に何か言うこともなくフェムノスは彼の後を追っていった。















 コルナーの後についていって、しばし。
たどり着いたそこは、どうやら抱えの行商人などが入ってくるための一角のようだ。馬車のまま入って、そのまま駐めておけるような作りになっている。
今も何台かの馬車が馬ごと停車されており、積まれた飼葉をムシャムシャと頬張っている。荘厳な教会の雰囲気にはそぐわない、ちょっと広い馬小屋のような様子となっていた。
その奥の方・・・・出入り口のすぐ横まで来て、コルナーがようやく足を止める。

「実は、長いところ懇意にしていたとある行商さんが廃業しましてね。
 もう使うことはないが、まだ使えるから・・・・との事で、うちに払い下げてくれた馬車が一台あるんですよ。それも、馬までセットにして。
 いやはや、商人様方はお金持ちでいいですね〜。軽く一財産ですよ、コレ?」

 そう言って指し示された一台の馬車は、確かに長く使い込まれている感こそあるものの、まだまだ十分に使えそうなだけの頑強な作りをした二頭引きの上等な幌馬車だった。言葉通り、牽引する馬も二頭とも健康な状態で揃っている。幌の方も、ツギ一つないまだまだ新しい物だ。

「あなたの働きを讃えて、という事にしまして追加の報酬としてこの馬車を貰ってやってくれませんかね? ああ、もちろん馬ごと差し上げますよ。まだまだ若い馬ですし、時々ちゃんと運動させたりもしてますから、すぐにでも現場復帰できます。
 ・・・・実を言いまして、ぶっちゃけますと。こんなもん、うちの所帯じゃ持て余すばっかりでして。貰ったはいいものの、有っても困るんですよねー。維持費だってタダじゃありませんし」
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