貧乏傭兵と炎精霊

 一人の男が、草原に寝転がっている。
四方五里、見渡す限りの大草原だ。
時は夕。空は芸術的な暮れの色に染まっている。

 そんな大自然のど真ん中、彼はポツンと一人でいた。
お供は、旅に必要なものがタップリと詰まったリュックサック。
今はそれを枕に、どこまでも紅い空を見つめている。
くわえタバコの灰色の煙が、ユラユラと天へと登っていく……




 彼……ハールリア・クドゥンは傭兵だ。
それと共に、天才的な魔法使いでもある。
そして確かに、秀才的な剣士でもあった。
彼の出身は大陸西南。カッサ・デーヤと呼ばれる地方。
そこでの彼は……いや、彼が足を踏み入れた場所全てに、彼の異名は知らしめられていた。
戦場に立つ彼はこう呼ばれる。


 『炎霊華葬のハールリア』、と


 彼の扱う火炎の術は、敵方に取っては畏怖すべき兵器で。
味方からみれば、この上なく力強い切り札だった。
そしてまた全ての人間は……極高温の炎が緻密な操作のもと演舞し、その中央で圧倒的かつ、暴力的でない強さを示す彼。
そんな夢想のような光景に、人々は心奪われるのだった。

 だが彼は、未だ特定のギルドや、どこかの国、いずれかの勢力に所属しているわけでもない。
一時的に雇い入れられる事はあっても、専属として働いた事は一度もなかった。
待遇に不満があったのか、はたまた単に旅が好きなだけなのか……
何にせよ、彼は今もフリーの状態だった。








 そんな旅を十年続けた。
そして間もなく、遂に大陸の東端に到達する……
十五で故郷を離れた彼も、もはや二十五。
少年が青年に変わるだけの時間だ。

 そんな一つの旅の節目。
旅する天才は、どこまでも続く自然の中…一体何を思うのだろう?


「あ〜、腹へった」


……なんとも情け無い限りである。
そんな彼を嗜めるかのように、小さな声が聞こえた。


(もう、あんなコトするから!)


 幼子のような声だ。
だが、声はすれども姿無し……
囁きのような声量で、声の主は怒鳴っていた。
彼はさして驚いた様子もなく、言葉を返す。


「けどさ、フィーリ。実際あの仕事の報酬は僕に入るモノじゃない。
 雇い賃は前払い。給金は仕事時間に正比例。……そういう契約だったろう?」

(ソッチじゃない!
 なんであの傭兵さんと一緒に街に戻らなかったかなぁ……)

「あ〜」

(あ〜、じゃない!)


 相手がいないのに、特に問題なく繰り広げられる会話。
けれど見ている方としては気になるわけで、少々彼の視線を追ってみる。
少し大き目の――なんとなく愛嬌のある瞳は、真っ直ぐ空には向いていなかった。
それよりも手前、揺れる煙の少し下。
彼が見ているのはタバコの先だ。

 吸気と共に灯が大きく、赤くなっている。
その灯火がフッと揺らめき、次の瞬間には膨れ上がる。
テニスボールほどの大きさになったソレはタバコを離れ、ユラユラと宙で漂う。


「まったく、一体どうするつもり?
 次の目的地まで、徒歩だと二週間はかかるんだよ!」

「うっげ!? ……そんなに有ったか」

「ご主人〜〜〜!!!」


 この炎の塊は精霊、イグニスだ。
…そう、彼は魔術師であり、同時に精霊使いでもあった。
それも今時珍しい「純モノ」の精霊を連れた。



 xxx xxx xxx xxx xxx



「あ〜、腹減った!飯切れた!!」

「その台詞…もう十五回目だよ。
 まったく、何でこんな基本的な所で迂闊なのかな〜!」


 延々と続く街道を歩きながら、ハールリアとフィーリは口喧嘩を続ける。
いや、口喧嘩というのも可笑しな表現か。
どうやら食料の補給を忘れた主を、幼い精霊が半ば呆れながら責めているようである。




「お、ラムレーズンみっけ!」

 手に持つ麻袋を覗き込み、子供のように声を上げる炎霊華葬。
居たたまれないというか……浮かばれない気分になる。
情けないやら何やらで、フィーリも大きく息を吐き出す。


「……そんなんだから、未だに恋人の一人も出来ないんだよ」

「うっせーやい」


 相方の憎まれ口に、コツンと拳を振るうハールリア。
……といっても、相手は炎の塊のような物。
呆気なく素通りして、革製のグローブに多少の煤を付けただけだった。


「けど、どうするの。
 ケモノ狩りでもするつもり?」

「それくらいしか無いかぁ…」


 まったくもって呑気な二人だ。
話をしていると、ガラガラガラ…と馬車を引く音が聞こえる。
――音は、かなり後ろの方から聞こえる。
二人が振り向いて見てみれば、何処までも真っすぐな街道の上に、二頭引きの幌馬車を見つけた。
護衛の追走騎などは見つからないから……多分、どこかの旅人だろう。


「あ、丁度いい。載せてもらいましょう!」

「異議な
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