暗く白き狂宴の森

 秋、日の出より3時間。
普段は閑散としている、最寄りの村より十数kmほど離れたその街道は、今日に限っては盛り時の酒場のように喧しかった。

 ガヤガヤと口やかましく喋りながらその街道をゆくのは、数百からなる武装した人間の一団。ある者は鞘に長剣を吊るし、またある者は槍を持ち、杖を抱えるものがいれば、まったくの無手でタバコを吹かせている者までいる混成部隊。
彼らのつける革鎧にはモル=カント聖王国に所属していることを表す印章が焼き付けられており、そして掲げられる旗から彼らが聖王国に雇われた傭兵であることが分かる。掲げられる旗は複数あり、その文様はそれぞれで異なっていた。
それはつまり、彼らが一塊の傭兵団ではなく、幾つもの傭兵団を集めて作られた部隊であることを示していた。そのためか、軍としての規律は・・・・世辞にも良いとは言えないことは、先の「喧しい」という表現からも分かってほしい。


「しっかし、辺境調査・・・・だっけか?
 そんだけにこんな大部隊用意するたあ、ま、王国様はまた随分とお金持ちであらせられますなあ」
「ぼやくなよ。たったそんだけで、一人頭銀貨5枚だ。
 とっとと終わらせて、美味い飯でもたらふく食おうや」
「酒〜」
「そんだけありゃあ足りるだろ」
「女!」
「そこらの魔物でも見つけて、ふん縛っとけ。あとでマワす」
「おいおい、この人数の相手させんのか? 順番待ちで日が暮れるぜ・・・・」
「なら、もう一匹捕まえりゃあいいだろ」
「・・・・おう、なるほど。頭いいなお前」
「手前がバカなんだろう」「んだとテメェ!?」


 などと、戯言を言ってはガハハと粗野な笑い声が各所で上がる。
そんな、まあ、言ってしまえばありふれた傭兵の集団だった。

 だがそこは流石に幾つもの戦場を渡ってきた者達。街のチンピラとも変わりないような言葉を交わしながら、それでいて行軍速度をまるで落とさず、辺りに気を巡らせている様子も見せている。
もしここで魔王軍の斥候隊と衝突したとしても、彼らはその本分をしっかりと果たすことだろう。彼らのこの態度は、不真面目ではあるが、確かな経験と実力に裏打ちされた余裕の上に成り立っているものでもあった。


 そんな集団にあって、彼らの会話にも参加せず黙々と道を行く者がいた。列の最後尾、隊の殿を務める男だ。漆黒のコートに身を包んだ、黒髪黒瞳の男。
顔の下半分を覆う、夜の海のような深青色のスカーフによって表情は隠されており、年齢も正確な判断はつかない。外気に晒されている双眸も、まるで人形のように無感動な物だった。
若く見えるが、同時に壮年のような雰囲気を醸し出してもいる。

 しかしそれらを差し置き、何よりも眼を引くのは、彼がその背に負っている得物であろう。
決して低くはない彼の背よりも、尚大きい、一振りの大剣。黒く重厚なソレは、一目して鉄であると知れる。
それは剣の形こそしているが、おおよそ刀剣としての用を成すとは思えない、『鉄塊』とでも呼ぶべき代物だった。

 黒髪黒瞳。無感情な瞳。そして巨大な黒い剣。まるで死神を連想させるような黒ずくめの男。
彼はただの一言も発さず、その暗い目で周囲を見渡しながら、口喧しく進軍する荒くれどもの後ろを歩いて行く。





    ―――この物語に、主人公と呼べるものがいるのなら、それはきっとこの男の事なのだろう





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 ・・・・街道は少しずつ細くなり、今や馬車がすれ違うことが不可能なほどに道幅は狭い。その些か街道と呼ぶには頼りないその道の向こう、深い森が広がっていた。モル=カント国の「国境」に程近い位置に鬱蒼と広がるこの森が、彼ら傭兵たちに下された「辺境調査」の目的地だった。
傭兵の一人がやれやれと声を上げる。


「ああ、着いた着いた。さっさと終わらして酒飲みてぇ・・・・って、なんだ?」


 男達が森に足を踏み入れた瞬間、急激に視界が悪化した。
森の内部は深い霧に包まれたように白く煙っており、数メートル先すらも見通せない。
森に入った瞬間より、まるで泥の海に沈んでいるかのような、酩酊してみる夢の様な、そんな不確かな視界となったのだ。


「なんだこりゃ・・・・朝霧か?」
「んな馬鹿な、今何時だと思ってるんだ」
「じゃあなんだって・・・・」

 そう言った男の顔が、みるみる青ざめていく。

「全員、何かで口ぃ塞げ! この霧、全部マタンゴの胞子だ!!」


 あらん限りの声量で放たれた叫び。しかし、残念ながら何もかもが手遅れだったようだ。
薄暗い森に漂う、明らかに水滴とは違う何か・・・・マタンゴの毒胞子。叫んだ直後、ソレは森の奥からさらに溢れ出た。まるで小麦粉を詰めた袋を爆散させたような、そんな一寸先すら見えないほどの
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