-Prologue-

 わたしがそれに気付いたのは何時の事だったろう

 この世界は幸せで、少しずつより幸せに近づいていくけれど

 幸せのために消えていく「どうしようもないもの」は、やはりあるのだと

 わたしが

 その「どうしようもないもの」を、どうしようもない程に愛しているのだと


 気付いてしまったのは、何時の事だったろう


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 その森は、白濁した霧に飲み込まれていた。
まるで雲海に迷い込んでしまったかのように深い魔性の霧。
季節は既に秋から冬へとさしかからんというのに、それはまるでうだる夏のようにジメジメとした湿気を帯びていた。

「ふむん・・・・これはまた、随分と育ったもんです。
 まったく、どうしてこんなになるまで放っておいたんでしょうかねぇ〜」

 その森の傍らに、男が一人。中背細身の、くすんだ色の金髪を短く切りそろえた男だ。
無骨で物々しい、機械的なマスクが顔を覆い隠しているため、その表情は伺うことはできない。
だが、そのマスク越しに聞こえるエコーがかった声は若く、そしてどこか不似合いなほどに楽しげだった。

「さて、行きましょうか。
 一応ガスマスクは着けてきましたけど、あんまり長いトコこんな場所にいたら、さすがの僕でもどうなっちゃうか分かったもんじゃ有りません」

 やはりどこかおどけたような呑気な声で、彼は自分の愛馬に語りかける。
いななき一つあげずに静かに応じたのは、見事な毛並みの美しい青毛馬。
その場を離れるべく駆け出した彼女の背に乗るその男は、白銀製のプレートメイル・・・・騎士礼装に身を包んでいた。



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 街の暗い裏路地にカツコツと足音が響く。
家の合間を吹き抜ける冷たい風が「彼女ら」の黒いロングコートをはためかせた。
漆黒に鮮烈な赤のラインが目に映えるそれは、洒落っ気よりも実用性を重視した作りのもの。
揃いのコートに身を包み、共に目元が隠れるほどに深くフードを被った二人組は、体つきから女性なのだと分かる。・・・・片方は、少し判断に時間がかかるかもしれないが。

「聞いた話だと、確かこの辺りらしいね〜」

 二人のうち、背の高い方・・・・胸の膨らみが「ささやか」では無い方の一人が間延びした声でそう言った。よく通る、ハープの音色に似た響きを持った若い女の声。
こんな路地裏で、こんな色気のないコートに身を包んでいるよりは、華やかな服に身を包んでどこかの城の舞踏会にでも出ていたほうが似合うような、そんな声だ。

「こんな所にあいつがねえ・・・・?
 本当に確かな情報なのかい、それ」

 それに答えたもう一方の声は、ひどく怪訝げだった。勝気そうなその声に警戒の色を見せ、僅かながらの不安も滲ませている。
先ほどの女の声がハープなら、彼女の声はリュートのそれだろう。宮廷にもてはやされるような洗練された高潔さよりも、街の酒場でガヤガヤと楽しむ、粗野ながらも親しみやすく情緒深い音。

「さあ〜? 聞いたのはあくまで『その人の居場所を知っているかも知れない情報屋』ってだけだしな〜。
 というか・・・・そもそも、この十年探しまわってやっと二件目の情報だし、信じる他に無いんじゃなぁい?」


 まるで変わらない、ふわふわとした調子の答えに、彼女はムスっと不機嫌そうにおし黙る。
だが、それ以上の反論もないのか、そのままカツコツと足音を響かせて路地の奥へと進んでいく。ズカズカと歩いて行ってしまう相方に、はぁ〜と一つため息をついて、彼女もまた黙々とそのあとを追っていった。
二人分の足音を路地に響かせて、彼女らの姿は暗い路地の向こう側へ呑まれるように消えていく。

黒い羽が一枚、ひらりと風に舞って路傍に落ちた。



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 星の美しい秋晴れの夜空。ある街の、一軒の宿屋。
開け放った窓の向こうに煙草の煙を流しながら、一人の男が口笛をくちずさんでいる。
ボサボサの赤髪を適当に短く切った、童顔の・・・・ともすれば、まだ少年と呼んでもそう間違ってもいないような青年だ。

「〜♪」
(なんだか上機嫌だね。どうかした、ご主人?)

 その部屋にいたのは、青年ただ一人だった。
しかし不思議なことにその彼に声をかけた者がいる。
姿の見えないその声は、幼い少女のようなキンと高い声でそう尋ねる。

「ん? ああ、ほら見てくれよ。前金だけで、なんと銀貨30枚」
(ふーん)
「ふーん、て・・・・反応薄いなあ」
(私あの人たち嫌い)
「へえ、そりゃまたどうして?」

 姿の見えない誰かの声。
そんな超常現象など気にも止めず、青年は彼女との会話を楽しむ。
彼女の方もまた、気心知れた様子で気軽に言葉を続けていく。
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