山の道なき道を、フェムノスは歩いていた。
背にはあの黒一色の大剣、肩には雑嚢を袈裟に掛けている。
革製のその嚢は大きく膨らんでおり、かなりの重量を持っていそうだ。
しかし彼は、それにも関わらずに常人以上の速度で山を登り続けていた。
暦も既に秋半ば。
標高も高くなり、辺りはかなり冷え込んでいる。
更に言えば、地に降り積もった木葉のおかげで足場がとても悪い。
足元すら見えない薮でないのが、せめてもの救いだろう。
「やぁれやれ……まあ、何でもするとは言ったけどさ」
ふと、黙々と歩く彼の傍らを、低空で飛ぶハイメニーがぼやいた。
声を聞いて、フェムノスはそちらの方に顔を向ける。
バサッ、バサッ、と赤い軌跡を伴って羽ばたく翼の向こうと、目が合った。
「まさかこんな端事なんて任されるとはねぇ……何と言うか、肩透かし喰らった気分さね。
フェムノス、アンタもそう思わない?」
「別に。仕事は粛々とこなすだけだ」
「あっそう……」
目が合ったついでに意見を求められ、フェムノスが答える。
淡々として平坦な、何時も通りの機械的な印象すら持たせる無感動声だ。
半ば予想通り、しかしハイメニーはゲンナリとした風に溜息を吐く。
まるで会話が続かない。
彼らが山道を征く理由。
今彼らに課せられた任は、偵察。
ハイメニーに言わせれば、端事。
「こんなもんアタシ達にやらすなってーの!」
「重要ではある」
「だからって、どうしてこんな戦力割くようなモンじゃ無いだろうに……」
この任務を命じられたのは、フェムノスと『朱さす濡羽』。
傭兵達ばかりとなるので、本部との通信として兵卒を一人。
加えて、「案内係」マリーベル・イルローラ。
総勢、三十七名。兵力の約三割。
もはや見つけて下さいと言わんばかりだ。
途中、山小屋を見つけたため、残り三十五名はそこで待機している。
「あの隊長さんも何考えてんだか……ここで部隊を分断したら、合流にいらない時間がかかるじゃないか」
「言えば良かったのでは?」
「言う前に馬車ごと連中と別方向に来ちまったんだよ!
たっく…あの、案内係の女狐!!」
ゾリーデ達本隊は、先行して拠点「グラン・トネル」に向かい、フェムノス達とは別行動をとっている。
偵察のため山を越えるのに、拠点周辺のきつい傾斜ではおよそ不可能だから、との事だ。
しかし何にせよこんな大人数を向かわせる必要はなかったのでは……と、ハイメニーは思っているのだが、時既に遅し。
先日の明朝、目を覚まして見てみれば、ゾリーデ達正規兵は既に発っており、影も無かった。
その後、にわかにざわめく傭兵達を集め、マリーベルがあの事務的な口調で任務の説明をしたのである。
無意味とは知っても腹が立つ。
「なんだかなぁ、もう………」
どうしようも無い苛立ちを翼に載せて、彼女はふわりと舞い上がる。
樹々と枝葉の迷路を抜けて、細い隙間を縫うように、高く高く飛んで行く。
目で追っていたフェムノスの、首が痛む辺りまで飛んで、そこから垂直に降りてくる。
自由落下に近い速度でも、木葉一つ揺らさない。
たいした技量だ。
もしかすると彼女は、森に暮らすハーピーだったのかもしれない。
「もうちょい先から、雪が積もってる。
そろそろテッペンだ」
「そうか」
「ホンットに、無愛想だねぇ……」
再び彼の隣に付いて、再びの溜息。
バサッ、と一際大きな翼の音が、山中深くに小さく鳴った。
xxx xxx xxx xxx xxx
グラン・トネル拠点内、将校用の個室部屋。
さきほど到着した我が輩が通されたのは、そういった場所だ。
掃除が行き届いていないのか、前にここを使っていたであろう人間の私物などが残っていたりする。
本棚の本など、大方がその類だろう。
魔物の生体報告書などはともかく、その他など官能小説ではないか。
なにが被害報告だ。どいつもこいつも乳操りあいおって……
っと。話が逸れたか。
「さて…参った。どうしたものかな」
我が輩は再び、机の上の書類に目を向ける。
書類に記されているのは、現在拠点に残っている兵員や物資など。
そこに並ぶ数字は……まあ、良いと言えるものではない。
例えば、兵員数。
総数で三百にも満たない。
内、六割ほどは援軍である我々の部隊だ。
どうやら昨夜、大規模な襲撃があったらしい。
「何とか持ちこたえた」、のだそうだ。
陥落してもおかしくない……いや、墜ちていない方がおかしい。
失った兵員は七割強。これが篭城戦でなく野戦だったならば、大敗の言葉も生温い。
潰滅だとか、そういった風に言われる被害だ。
本当に良くこれでもったものだ……
「参ったな……」
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