さみしいと、ぼくは言う

 生まれてこのかた、物を大事にした事はない。
かといって、使い捨てるだの酷使するだのする訳でもない。
普通に使ってるだけだ。

 そりゃ大事にするなんぞ言えるわけがない。
壊れたら、捨てる。買い過ぎたから、捨てる。
使わないから、捨てる。使えないから、捨てる。
現代人なら誰だってそうだろう?


 親やら何やら、昔の人とは感覚が違う。
壊れたものを修理して、使えるようにする。
余ったものは、別の物の材料に……

 そういう文化があったことは、知っている。
少ないものでやりくりする、生活の知恵だ。
素直に良いものだと思う。


  けれど、実践はできない


 今と昔は、違う。
何もなかった昔とは、違う。
この現代では、何もかもが溢れている。

 どこもかしこも供給過多。
「やりくり」をする必要がない。
そんな世界なのだから、修理工も不要になった。

何もかもがあるこの世界。
物への愛着は無くなった。
物を慈しむ心は失われた。
何でも揃ったこの世界には、何もない。


 物を大事にした覚えはない。
普通に使って、壊れたら捨てる。
そして新しいものを買って…その繰り返し。


必要になったら、買う。
必要じゃなくなったら、捨てる。


 ただ、それだけ。
それだけのルーチンライフ。

 ……俺だけじゃない。
現代人なら、誰だってそうじゃないか。



 けど



「さみしいよ……」


 ひょっとして、そのせいなのか?


「お前のせいだ……
 お前がぼくを捨てたんだ」


 そのせいで、俺は
こんな、異常な事態に巻き込まれているのか?
機械文明真っ只中のこの時代に、こんな。
『怪奇現象』なんぞという、化石じみた事に……!













 俺は、自室で眠っていた。
四畳一間、ワンルームマンション。
その夜は蒸し暑く、寝間着も掛け布団も無しだ。
それがいけない。


  ――さみしいよ…――


「ッ…!?」

 一瞬、感電でもしたような衝撃があった。
そのハッとなるような痛みで覚醒する。
とっさに見た目覚まし時計の針は、午前二時を指していた。

(なん…だ? 体が、思うように……)

 金縛り。
とっさに、その現象が思い浮かぶ。
肉体が眠っている状態で、脳のみが覚醒する現象。
けれど単なる生理現象と断じるには、それは余りにも……


  ――カタ―カタカタカタ―――


 …夜風が、窓枠を鳴らす。
ただそれだけで、ゾクリと背に嫌な汗が吹き出た。
寒くもないのに鳥肌が立っている。


 恐ろしかった。
これは…この状況は、
あまりにも『不吉』


<…見つけた…>
「!?」


 声。幼い声。
けれど、暗い。
怨嗟に満ちた声。

 幼い声が夜闇に響く。
冷たい。無機質な声だった。

――その矛盾が、恐怖を助長する


 …亡…、と音がした。

 俺は、いつの間にか動くようになった首で、
唯一動くようになった関節を使って、
よせばいいのに、音の方へと顔を向けてしまった。


 そこにいたのは、子供。
ひとりの子供。ぼう、と宙に浮いていた。

 その子の体には、炎が灯っている。
ゆらゆらと ぼうぼうと 燃えている。
蝋燭のような、赤い、紅い 炎。

 亡霊、化物、怪物
そんな単語が次々と浮かんでは霧散する。
まさかそんな…、ありえない……

「見。つ。け。た…」


  ――俺は声にならない叫びを上げた――


「探してた。探してたんだ。
 やっと見つけた…見つかった」

 すぅ…と、浮かんでいた亡霊が降りてくる。
そして俺に馬乗りになると、ずい…と顔を近づける。
幼い顔。不釣合なほど冷たい、能面のような無表情。

 冷たい、魚のような眼。
それが品定めするように俺を見ている。
恐怖に逆だった髪の先から、歯の根の合わない下顎まで

 まるで俺の表情を伺っているように……いや、事実そうだ。
そいつは俺の、恐怖に染まりきった顔を見て、口の端を釣り上げた。

 笑っている。

 嘲笑っている。

 哂っている。

 …の、かも知れない。
表情の変化は僅かで、断言はできない。
それに、すぐ元の能面の無表情になってしまった。


「さみしいよ……」


 耳元で、そう囁かれた。
幼くも、冷たい無機質の、
呟きのような、声。

「お前のせいだ……
 お前がぼくを捨てたんだ」

 声は少しずつ大きく、はっきりとしていく。
そして次第に、「怨嗟」を、含ませるようになっていった……


「お前のせいだぁ!」
「ッ…!?」」

 突然の、叫び。
未だ自由にならない声帯から、奇妙な悲鳴が上がる。

「ずっと探してたんだ、 そしてやっと見つけた!
 …報いを…受けろ……!!」

 金切り声のような叫びが上がる。
そしてその子は、……どういう訳か。
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